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日本で広がるマギーズ・センターのかたち -Maggie’s Tokyo Ep.6-

前回記事:Hospitality and Familiarity -Maggie’s Tokyo Ep.5-


がん患者やその家族、近しい人々が疲れ切ってしまった時、羽を休めに訪れるサンクチュアリ、病院でも自宅でもない「第二の我が家」、マギーズ・センター。訪れた人々は少し非日常的で素敵な空間に身を置き、心を落ち着け、スタッフとの対話により頭と心を整理する。マギーズ・センターは、がんとともに生きて行くための様々なサポートを無料で提供する英国発祥のキャンサー・ケアリング・センターだ。

気軽に立ち寄れる場所

Photo by Robert Noreiko on Unsplash

私たちは自然を感じ、ホスピタリティ溢れる開放的な場所に迎え入れられると、心が落ち着くものだ。木のぬくもりのある素敵な空間で過ごす豊かで穏やかな時間は、来訪者自らが話をすることを促し、空間の力により対話が生まれる。

「気軽に立ち寄れる場所」であることはマギーズ・センターにとって重要なポイントの一つである。そのため英国では病院の敷地内に建てることを原則としているが、マギーズ東京は病院の敷地内にはない。しかし、近隣にはがん専門病院が数カ所あり、いずれの病院からも電車で数駅のロケーションに立地している。活動に共感する医師や看護師など医療従事者が訪れることも少なくない。気軽に立ち寄れることのメリットを享受できるのは、患者だけではないのだ。

患者と対峙する医療者もまた様々な悩みを抱えている。若い医療者は患者への告知に心の中では動揺していたり、治療や経過に不安を感じる患者やその家族とじっくり話したいと思っていても、慌ただしく仕事に追われる病院の勤務時間内では、一人ひとりに向き合ったケアをやり切れないというジレンマもある。マギーズ東京の活動に共感する医療者は多く、パンフレットなどを持ち帰り患者に紹介するといった循環も生まれている。最近では、見学会や勉強会などを共同で開催するなど、病院との連携も深まっているようだ。

日本で広がるマギーズのかたち

Photo by Anotsu 104 on Unsplash

がんと共に生きる人、その家族や友人たちが抱えきれない思いの中で一人では気持ちや考えをうまく整理できない時、病院からの帰り道や思い立てばいつでも気軽に立ち寄ることができるような第二の我が家、というマギーズの理念。そのためには日本各地でマギーズ・センターが展開していくことが求められているのではないだろうか。その要望に応えるように、日本でもマギーズ・センターの理念に共感し、その空間や活動を踏襲する施設のネットワークは広がりつつあるようだ。

日本におけるマギーズのあり方について、英国本部はどのように感じているのだろうか?秋山さんによると、日本国内でマギーズ・センターの理念が広がっていることは英国本部も賛成しているという。しかし1996年の創設以来マギーズ・センターの数が世界各地で27拠点と増え、本部が世界各地のマギーズ・センターを監督していくことが難しい状況になっている。マギーズ・センターを設立するにはまず、周囲の理解、予算や立地条件、建築要件、スタッフの教育など英国本部に承認を得るまでには数多くのハードルがあり、簡単に実現できるものではない。

マギーズ・センターにとっては建物や内装はとても重要な要素だが、空間や内装のしつらえ、庭といった器のみならず、その中で働く相談支援のスタッフたちの人材育成はとても大切なポイントである。英国では病院とマギーズ・センターが同じ敷地内にあるため、相互で人材交流する場合もある。一方、日本では「マギーズ流サポート研修」というプログラムを年に1回開催している。これはマギーズ・センターで働く人材を育成するものではなく、マギーズの理念を理解した相談の在り方を広めることに注力している。現在までの研修終了者は200人にのぼる。

また、日本各地にマギーズに共鳴して設立された施設は点在している。例えば、金沢の「元ちゃんハウス」は暮らしの保健室同様に常設で京都の「ともいき京都」は月に2回の開設、静岡の「幸ハウス」などが運営されている。鹿児島県鹿児島市にある相良病院は施設を新築するのをきっかけにホスピタリティのある病院にしたいとの想いから、新築した病院の11Fのフロアの半分を「カドルハウス」と名付け、マギーズ・ライクな施設を開設した。マギーズ・センターの建築要件を参考に、窓からの光の入り方や見晴らしの良さなどを考慮して設計されている。

カドルハウスは病院内施設だが、相談料は無料となっている。現状はコロナ禍のため、病院内の人々を対象に利用制限を行っているが、いずれ病院外の人々も利用可能にする予定だ。静岡がんセンターは「よろず相談」という名前でロビーに居心地の良い空間を作っている。また神戸では、神戸市や兵庫県が連携してポートアイランドに先端医療の施設や子どもホスピスを含むメディカルタウンを設立する計画があり、マギーズ・センターのような施設を作ることも視野に動き出している。

「例えば東日本に1つ、西日本に1つ、日本のマギーズ・センターの拠点ができ、日本全国にはマギーズの理念に共感した施設が点在して、定期的に研修やミーティングをしてマギーズ・センターと連携を取っていく形が良いのではないかと考えています。」と秋山さん。

マギーズ東京には、病院の新築、大規模な改装、建て替えといったタイミングでどういった空間を作るかという相談も少なくないという。

マギーズ東京に近接するがん研有明病院に所属する勤務医は、自宅を改築して週末のみ自由診療のクリニックを開設するため、マギーズ東京を参考にしたそうだ。クリニックを開設するにあたり、マギーズ東京を参考にしたいと来訪する開業医もまた、全国から後を絶たない。

Photo by Susan Q Yin on Unsplash

例えば東京のある病院では、新築を機にスタイリッシュな内装にしたものの、ドアの入り口が壁面に溶け込みすぎて入り方が分からず、迷子になる高齢者が増えるといった事例があるそうだ。また、広すぎる廊下はストレッチャーや医療機材など移動させやすいが、運動量が多いせいか1日過ごしていると非常に疲れるという事例もある。デザイン性を追求したが故に人間工学的に問題のある、そこで働く医療従事者や患者など、人に優しくないデザインとなってしまうケースはどの病院や施設でも起こりうることだ。

地域の気候風土が影響してくることもある。例えば東北のある病院では、改装して自動ドアにしたものの風が吹き込む方向に自動ドアが設置されており、頻繁に開いては風が吹き込んでくるため、病院の待合室にいる患者は寒い思いをすることになってしまった。デザイン性を重視して美しく改装したものの、結局は風除けのために自動ドアの前に衝立を置くこととなったという。

冬になるとどちらから風が吹くかは、地元民なら当前のように知っていることだ。未然に防ぐのは難しいことではなく、地域の気候を知り、来訪者のニーズへの正しい認識が必要となる。この齟齬は想像力の欠如ではなく、この事実を知っていたか否かの問題だ。デザインは、課題の解決にどうアプローチするかでその真価が問われる。

がん患者は診察の時間や検査の時間など待つ時間が長い。例えば、Wi-Fiが使用できるフリースペースがあるだけで長い待ち時間も幾分か居心地よく過ごすことができるだろう。普段よりも心身ともに弱っている人々が集う病院だからこそ、その環境整備においても、まずは課題解決のための情報を収集し、様々なことを想像する力と細やかな視点が大切なのではないだろうか。

つらいのは、患者だけではない

Photo by Mulyadi on Unsplash

患者やその家族、近しい人々だけでなく、がん患者を診療する医師や看護師などの医療従事者もまた、マギーズ東京の来訪者である。

例えば、マギーズ東京を利用した人が自分の担当する患者だと、随分と精神的に落ち着き、話をするときには道筋を立て論理的になるといった患者の変化を目の当たりにすることがあるという。どうしてそのような変化が起こったのかということに興味を持った医療従事者が、マギーズ東京を訪れることも少なくないそうだ。訪れた医療従事者はマギーズの理念に共感し、マギーズ東京のパンフレットを持ち帰り病院に設置する。そして、それを目にする入院もしくは通院する患者やその周りの人々の来訪にもつながる。

日常的に死に直面する医療従事者も、辛い気持ちは同じだ。気分が沈みどうしようもない気持ちになることもあるだろう。そして医療従事者もまた、がんという病を未然に避けられる訳ではない。がんを患ってしまった場合も、周囲の誰にも話せない、話したくないという状況はある。そうして誰にも話せず毅然と仕事をし続けている医療従事者たちが、マギーズ東京に訪れることもあるそうだ。

そしてがんで家族や大切な人を亡くした人もまた、癒えない心の痛みを抱えて息苦しい日々を過ごすことも少なくない。治療という名の迫られる選択の連続の中で、選ばなかった選択に思いを馳せ、後悔することもあるだろう。一番つらいのは大切な人を亡くしたことよりも、もう会えないという不在の感覚だ。

がんにまつわる様々な立場の人たちに対して、マギーズ東京は心身を癒し、自らで考える力を醸成する場所として機能している。

百聞は一見にしかず、一度ふらりと訪れてみるのもいいだろう。心にあるモヤモヤとした思いを吐き出して、肩の力を抜いて、そこにいる人たちとの対話が生まれる。自然とそうしている時に、マギーズ・センターにある空間のもつ力を実感できることだろう。

取材協力:マギーズ東京

Special Thanks: Masako Akiyama

Illustration: Dayoung Cho

Text & Photo: Riko

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