読書感想文:経済「なぜ女性の賃金に格差があるのか」
今年のノーベル経済学賞は、巨大市場にも関わらず無視されてきた分野がやっとスポットを浴びました。2023年ノーベル経済学賞を受賞したゴールディン氏の著作を紹介します。
結論から言うと、今年のトップ3に入る面白い本です。
女性が財産権も参政権も持てず二流国民として見做されていた時代から、現代では様々な職種で女性が登場し、職場での男女平等がようやく見えてきた世界になりました。
ちなみに、人権が白人男性にしかなかった歴史学はこちら。
それでも、収入の差は変わらず存在します。国内ですと、フルタイム労働者の男女では、女性の賃金は男性より3割低いというデータがあります。
それはなぜでしょうか?その永遠の疑問を掘り起こすのが本著です。
悪名高きマリッジバー
多くの大卒男性は、「キャリアと家庭」を長きに渡って前提としてきました。彼らの多くは、仕事をする時に、「結婚しても働けるだろうか」と悩むことはありません。
一方女性は、米国では悪名高いマリッジバーという法律や企業風習が存在し、男性にとっての大前提は願望のようなものでした。
「女性はXXX(職種)に向いていない」「幼児の母親は雇用されていない」など、既婚女性の雇用を阻む法律と会社の方針です。
ここから私の所感:
女性だから、結婚しているからという理由で仕事ができないなんて、信じられますか?
なお、その「信じられないこと」は日本でも最近までありました。
日本では男女雇用均等法ができたのは1986年です。今の50〜60代の人達が若い時にやっとフルタイムの仕事で就職できるようになりました。それまでは結婚したら会社を辞める「寿退社」が”普通”だったので、規制ではないもののマリッジバーに類似しているかもしれません。
所感ここまで↑
著者は、法律や社会規範やデータを下支えに、女性が家庭とキャリアを天秤にかけてきた変遷を、1878年まで遡って大卒女性の状況を分析します。
世代間で分けられる女性とキャリア
著者は米国の大卒女性を以下のグループに分けます。
ゴールディン氏が1世紀の女性のデータを研究したと言われるのは、このデータ故です。
第1グループは、最も結婚率と出産率が低いグループです。
前述のマリッジバーもあり、家庭を一度選ぶとキャリアに戻ってこられない壁が第1グループの女性の前に立ちはだかっていました。それ以外にも、
などの要因があります。
なお、このグループに当たる1人として、経済学者の第一人者であるマーガレット・リード氏がおり、リード氏は女性による無給労働(家事育児介護などケア労働)を国の収入の見積もりに含めるよう働きかけていました。
GPDという概念を作り上げる時代に、リード氏のような研究者がもっといれば女性の無償労働も経済活動に入っていたかもしれません。
経済学書『国富論』の著者アダム・スミスの経済活動を批判する『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』は、GDPの根本を揺るがすベストセラーです。ゴールディン氏の話に通じるところもあり、ぜひ次の経済学の一冊としてご覧ください。
なお、最新のデータでは、あらゆるタイプの無給労働を換算すると、GNP(国民総生産)の20%になるという驚異的な数字となっています。
ゲームチェンジャー:ホワイトカラーの増大
第2グループは、過渡期とも言えるでしょう。最初の方は第1グループと同様の低い結婚率と出生率で、後半では結婚率と出生率が大きく上がりその状態で第3グループにバトンを渡します。
その背景には、以下の要因が挙げられます。
そして何より、大量生産方式を革新したアメリカの産業革命が起き、ホワイトカラーの需要が飛躍的に増加しました。
第1グループとは全く異なる未来です。
ホワイトカラー部門の増大は、高学歴の女性を含むほとんど全ての女性にとってのゲームチェンジャーでした。
なお、あらゆる経済発展を遂げる国の歴史通り、ホワイトカラーが増加すると教育の需要が高まります。
しかし1930年代のアメリカに暗雲が立ち込めます。
世界大恐慌です。
恐慌は女性の雇用に大打撃を与え、男性でも職に困る異常事態に世間は再度マリッジバーの政策や規制を拡大させます。非の打ち所がない女性が、ただ結婚しているからという理由で次々と職場で首にされ、家庭に戻されたのです。
著者はコロナ禍の失業率についても言及していますが、時として恐慌は人々の針を過去に戻します。
しかし第2次世界大戦と戦後復興を経て、1950年代は徐々にマリッジバーは薄れていきます。まずは教職員、次に民間企業がようやく制限を開放していきます。
人口動態の変化:ベビーブーム
第3グループが就職をし始めた1950年代は、結婚のために大学を中退する学生が存在し、大黒柱の夫と専業主婦のドラマが流行するような時代でした。ミリオンセラーの『新しい女性の想像』著者ベティ・フリーダン氏は、1950年代は後退の時代だと考えています。
しかし、現実としては、教育の恩恵に気づいた女性が多く大学に進み、卒業後も就職しましたと著者は反論します。
一方で改善されていなかったのは産後の就労の難しさです。母性神話がまだ存在したため幼い子どもを抱えて働く母親には社会的非難があり、保育サービスが未充実でした。
しかし、女性たちは野心は持っており、子供が大きくなってから大卒資格を持って再就職していたのです。
そしてこの時期、第2次世界大戦後の活気ある経済に、アメリカ社会の様相を変貌させる、歴史上前例のない人口動態的な変化が起こりました。
ベビーブームです。
ベビーブームは、未だに説明のつかない以下の現象を引き起こしました。
アメリカのベビーブームは、1946年に始まり、1964年まで続きます。ベビーブームにより、大卒の結婚率や出産率が、非大卒グループに近づきました。
大学時代に会った男性と結婚し、まずは子供を産み育てその後持ち前の資格で社会復帰する。第3グループの時代は、家庭が先で仕事が後になったのです。
しかし、初産年齢が高く結婚前にキャリアを積んでいない母親達は、職場に復帰しても重要な仕事は任されず、仕事ができるものの賃金が低いままでした。
それを教訓にしたのが第4グループです。
医療進歩・キャリアの多様化による静かな革命
第4グループの女性たちは、上の世代が出産後に働いている姿を見ながら、女性の復職は可能だと知ります。
そこで彼らは、まずはある程度のキャリアを先に積んだ上で、家庭を持とうと考えます。
それを可能にしたのは、ピルという医療の発達にあります。
1950年代−1972年まで、大卒女性の初婚年齢の中央値は、なんと23歳でした。若くして家庭に入ることでキャリアを積めない第3グループを見ていた第4グループでは、ピルを駆使します。
家庭と家事が中心だった女性たちが、仕事の世界により深く関わるようになりました。経済的自立の価値が高まります。
ここで、第4グループは自身のアイデンティティを主張します。
結婚後も旧姓が使えないのは不当と法律を変えたのです。今まで夫の姓を名乗っていたが、結婚前にキャリアを積んだことで、自分の姓を守りプロフェッショナルとして名を成すことを選んだのです。
こうして、第4グループの時代に女性が持つ将来の仕事に対する期待、女性の家庭とキャリアに関する社会的規範、女性の生活満足度を決定する要因が大きく変わりました。
一方で、結果を出すキャリアを積むために没入したところ、結婚を遅らせたことで彼らの出産が遅れました。多くの人にとって、子供の数を減らすことを意味します。妊孕性などの研究がまだ普及しておらず、出産を遅らせた人達の多くは生物学的な時計の期限を逃してしまいました。
キャリアも家庭も、それでも…
前グループを見ていた第5グループは、不妊に関する知識とより向上した医療にを味方につけます。不妊知識や体外受精など医療の発達を武器に、大胆にもこのグループではもっと出産を遅らせるという選択肢を取ります。
第5グループでは、40歳を過ぎて子供を産んだ人も少なくありません。
20世紀半ばと比較して、女性の寿命が伸び、健康を保っているので不思議ではないかもしれません。
キャリアと家庭の両方を手に入れた割合は、第5グループでは大幅に上昇します。
それでも、ハーバード大の卒業生を対象にしたアンケートでは、学士号を取得した15年後に雇われている女性の3分の一は、パートタイマーだと答えています。
世界有数の教育機関を経た女性でも、多くがフルタイムで働き続けていないのです。理由としては、一般的に女性が育児を負うべきと考えられているため、自分の仕事を抑える必要があるということです。
ここから私の所感↓
フルタイムで仕事を継続すればいいじゃないか、という意見を持つかもしれません。
そんなこと、子供が欲しいと望むカップルには可能でしょうか?
例えば私の大学の友人がいます。友人とその夫は、二人共夜まで働かなければならない職種に就いていました。この友人が子供が欲しいと思った場合、今までと同じ働き方で子供を育てることはできません。
悩んだ末、友人はフルタイムからパートタイムに変更し、子供ができた際は完全に仕事をやめました。
よく見る夫婦の形かもしれません。男性のキャリアを優先し、女性が自分の道を閉ざす光景です。
しかしこれは、構造的差別に当たります。
構造的差別とは、一見自らの意思で選んでいるように思われる決定が、実は社会の差別の結果選択せざるを得ないという状況です。
詳細はこちらに紹介しています。
女性の能力が制限され選択肢が狭まれているのに、ジェンダーロールや社会構造など様々な理由があります。個人の能力とは言い切れないので社会が解決していく必要があります。
なお、国と民間と個人がどの程度福祉を負担するかについては、世界中の事例とデータがまとまっているこちらの研究本がおすすめ。
ここまで私の意見↑
勤務時間のペナルティ
男女の賃金格差は、公平と思われる業種や職種にも存在します。
著者は、弁護士と薬剤師の例を挙げます。
弁護士でも、チャイルドペナルティと呼ばれる、子供を持つことで女性が賃金が下がる現象が存在します。
弁護士として働く男女は、初期はほぼ賃金格差はありません。しかし、15年後になると明らかな賃金格差ができてます。
データを紐解いてみると、男女の差異ではなく、長時間労働がキャリアに恩恵があるような仕組みが原因だということが分かります。
例えば、弁護士は、週60時間働く弁護士の平均年収は、週30時間で働く弁護士の2.5倍になっており、これは対象が男女関係なく発生します。
時間を投入する=長時間労働するという時間のインプット量が増えるほど、キャリアや賃金に返ってくるという構造なのです。しかし、この構造は必然的に家にいなければならないと考えられる(&実際に選択せざるを得ない)女性に不利な構造です。
一方で対照的なのが薬剤師です。薬剤師の賃金は、パートタイムだからといっても時給のペナルティは負いません。薬局の給与は労働時間に対して比例しており、時間が2倍になればシンプルに収入も2倍になります。2.5倍になる弁護士とは異なります。
薬剤師がそのような働き方になった理由としては、以下が挙げられます。
こうして薬剤師が代替可能になっても、その需要から決して時給が下がるわけではありません。このように、誰にとっても負担なく働ける業界が賃金格差を解消する解決策となるのです。
所感
歴史、ジェンダー、統計学、政治、経済と多岐に渡る分野の研究が一冊で読める、脳にはお得すぎる本です。
私は、長時間労働や抜けたら戻れない仕事の構造を変革すべきという点には多いに同意します。
私が女性だからというわけでなく、誰にとっても負担なく働ける業界って、男性にとっても優しいですよね?男性だってふらっと会社をやめて旅に出たり家庭に入ったり。仕事を始めようと思ったら、今までのキャリアが分断されていてもちゃんと給料をもらえる業界になるのは、女性だけの願望ではないでしょう。
本Noteでは著者の膨大なデータや主張の一部しか抜き出していません。数字やデータが多いですが、筋が通った簡潔な説明がされているので読むのは簡単ですので、本Noteで興味を持ったらぜひ全貌を見てください。
翻訳者も著名な方です。普段研究や海外本を読まない方でも安心です。
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1970年代まで、米国の有名大学の多くは女子に門を閉ざしていました。女性であるがゆえに教育が遅れ、男性であれば順当に得られる評価を得られなかった優秀な女性達がいます。彼らの功績を私達が知ることに意義があります。ぜひご覧ください。
アジアの賃金格差については、以下の本は非常に良い本です。ゴールディン氏の主張と重なる点も多く、本著を読んだ方ならすっきりと読めると思います。
こちらも本著に関する解説があり、もしかしたら次のNoteで書くかも。
日本のデータに切り込んだ最新の研究本。新書で読みやすい。
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