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編集者になる選択が物書きな自分の人生の満足度を上げた

29歳。

30歳を目前として、自分の進路に迷っていた。
当時、仕事に悩んでいて、このままその仕事でキャリアを続けていってもよいのだろうかと悩んでいた。

そのときに、
自分がどういう風に人生を歩みたいのかということを改めてじっくり考えた。

会社員としての仕事とは別に
私には夢があった。
作家になりたいと思っていた。

一番の理想は、自分が小説を書いて、
それが多くの人に読まれるような作家になりたいと思っていた。
それが一番の目標だった。
でも自分の食い扶持は自分で稼げないと思い現実的な選択として就職して会社員になった。
会社員の仕事はあくまで食い扶持を稼ぐためのもので
一番の目標は作家になること。
そのために公募小説を応募していた。
小説を書くことは大変だけれども、仕事よりも夢中になっていた。
勤務時間以外に、会社に行く前に早起きして小説を書いて、
休日も小説を書いて
年に1度のペースで公募小説を書いていた。
長編小説なので、新人賞を受賞すれば出版のチャンスがあるものだった。
それを毎年毎年応募していた。
しかし、なかなか受賞できないし、一次審査に通るのも簡単なものではない。
20代は夢を見ながら小説を書いていたけれど
30歳を目前として、
人生のぼんやりとした不安にさいなまれ、
筆がだんだんとのらなくなって、
ピタッと止まった。

29歳。
独身。
20代前半は夢に向かって努力していること自体に誇りをもっていたのだか、
それがなかなか簡単に日の目を見ない。
日の目を見る気配すらもない。
そんな状況がつづき
20代後半の、周囲の人間の結婚や出産など人生の変化があるなかで自分は何も変化がないことへの焦りが募っていった。
もちろん作家になりたい夢は持ち続けていた。
でも
作家になる夢へのステップアップはなかなかできなくて、
日々の会社員の仕事で忙しくなっていく。
また、仕事の人間関係にも疲弊していた。
当時は1社をずっと勤めていたから、その会社での仕事のキャリアは少しずつ進めているのかもしれないが、残念ながら自分の心が願うことではなかった。
また周囲と比べて悲観的になることもあった。
他人の人生の状態を比べても仕方のないことだと頭でわかっているものの、比べて落ち込んでいた。
自分だけ何のライフステージを進めているわけではなく、
かと言って、夢を叶えられているわけでもなく、
夢に近づくステップを踏んで、人生が進んでいる実感もなかった
夢だけを見て、現実に何も得られてないのかもしれないという人生の悩みだった。
「作家になりたくて、毎日毎日小説を書いてるねん」と親しい友人に言い続けていたけれど、それが何か具体的な形となって変化していないのが少し恥ずかしくもあった。
自分の書いた小説は少しずつ増えていった。
でもそれが世に出ていくわけでもなく、ただ埋もれていた。

そのころ、兄に会って相談した。
人生の悩みやモヤモヤを聞いてもらいながら、仕事の相談もした。
「今の仕事も頑張ってはいるけれど、少し疲れちゃって、燃え尽き気味で頑張る意義や、頑張った先になにがあるんやろうかわからんくなってきた」
兄は「じゃあ、転職したらいいやん」とアドバイス。
その当時は、その会社での仕事に疲れていたこともあって、
「たしかにな、今の会社で頑張り続けるのは潮時かもしれない」
と思い、
「そうか、なら仕事を変えて環境を変えてみようか」と決断した。

将来的に作家になれるなれないは置いといて
長い時間を過ごしている「仕事」自体をまず変えてみようと思った。

そして転職活動をする。
もちろん小説家にはなりたいけれども
会社員の仕事として「小説家」という職業はないから、
会社員としてできることで、少しでも近しいことをしたいと思っていた。
自分の食い扶持は自分で稼げる仕事につかないとという現実的な選択だった。
どうせ仕事をするのなら、
自分が何かを書く仕事ができないか。
あと
人の話を聞くのも好きだから
人の話を聞きながら、何かを書く仕事ができないか。
とぼんやりと思っていた。

数カ月の転職活動後、
縁があったのは、
とある業界雑誌の編集者の仕事だった。
その業界にいたことも編集の経験もなく
まったくの未経験からのスタートだった。

編集といっても
外部のライターに文章を書いてもらうという仕事ではなく、
自分で取材に行って、記事を書くことが多かった。

「人の話を聞いて、記事を書く」
その仕事内容自体、私にとって、とても面白かった。

新しい環境に身を置くことも
自分とこれまで関わりをなかったタイプの人たちに出会って
インタビューして、
知らない世界や知らない人の物語に触れられること自体が刺激的だった。

小説を書くということも、
自分の人生経験や他者から聞いた話、目撃したできごとなどから
インスピレーションして小説を書いていたから、
仕事の記事のための取材であっても、
私が一物語の作り手として、さまざまなキャラクターの題材になりえないだろうかと考えることも多かった。
仕事とは関係のない、
自分の書きたい物語の題材探しやキーワード集めをしてメモもよくしている。

「編集者」としていろいろな人物に出会って話を聞くことは、
仕事の「やるべきこと」としての動きだけでなく、
小説を書くための題材探しや、インスピレーション欲求を刺激するような経験ができていると考えると
「したいこと」の動きができているともいえる。

編集者になるまでは
仕事は「やるべきこと」だけをまじめに遂行しようとしていて
そこに「したいこと」の要素が希薄だったから
苦しかったのだ、
人生に悩んでいたのだと
気付いた。
現在、編集者としての仕事を3年ちょっとし続けてきたが
核心を持って、言えることだった。

昔は
「仕事」はただの食い扶持を稼げるための手段だけであればよいと考えていたのだが、
人生の中で大きな夢や目標があるのであれば
それに少しでも近づけるような、足がかりになるような動機が「仕事」にあったほうがよいと思う。
なんといったって、
「仕事」は責任が発生するからそう軽々しく扱えるものではない。
それなりの気力と体力を使って長い時間を過ごすのが「仕事」なのだから、
それが、人生の夢や目標に近づいていっている実感があるといいよねと思う。

「編集者」という仕事は、
縁があって本当に良かったと思う。
30代のキャリアを「編集者」として過ごせるのが
良かったと思う。

もちろん最終的な目標は
小説家になって、
自分の小説が出版されたり、広い人々に読まれ
面白いって思ってもらうことなのだけれども

様々な人に出会って
インタビューをするという仕事は
小説のインスピレーションになることもあるし
日々ネタ探しができるのだと考えると
現在の生活の満足感は高い。

もちろん仕事だからこそ
自己表現をやりたいようにするではなく
記事として求められる表現で書くのだけれども
そのある種の制約は
「どうすれば、届けたいターゲットに刺さるような記事にできるか」
など
客観性を持って、考える練習になっていると思う。

それまでは
自分の小説は書きたいものをその情動のままに書いてきた。

でも
「編集者」の仕事をしてから、
これを読む読者にとって、
この小説は面白いのだろうか、
この表現は適切なのだろうか、
と第三者目線で考える機会が増えたように思う。

「編集者」として仕事をしながら、
仕事の中で自分の人生の目標である作家になるための訓練や
足がかりを前向きに探していきたいと思う。

未経験から「編集者」になって
その仕事に慣れること、こなすことに、ここ3年はいっぱいいっぱいだったのだが、
そんな私にも「編集者」の後輩ができて
自分の仕事を後輩に渡すことも増えてきて
少し気持ちの余裕が出てきた今日この頃。

だからこそ、
自分の創作への熱や
書いてみようという気持ちを
少しずつ作品に残していければなと思う。

また29歳から現在の32歳の3年間に
独身ではなくなり、パートナーを見つけ結婚をしたこと
それが
ぼんやりとした人生の不安をやわらげ、焦燥感が消えた。
それも大きな変化だった。

それまでの
その思春期のようなモラトリアムのような
不安定な状態に
安定がもたらされたこと

それによって、
改めてここ数年あきらめようと思っていたこと
やっぱり
自分の物語が広く読まれるようになりたいという願望には
真摯に耳を傾けていたい。

そして正直に
その願いをかなえるべく
行動していきたいと思うのだ。

その気持ちを
このエッセイに残しながら
これからも小説を書いていきたいと思う。


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