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お金をめぐる500年の旅(会計の世界史/田中靖浩)

会計はどこでなぜ生まれ、どのようにして世界に広がったか?
一見とっつきにくいこの問いを、当時の絵画や音楽との繋がりを交えつつ解説した作品。会計史の教科書というよりは、壮大かつドラマチックな物語として楽しめる名著だ。

1. 16世紀イタリア〜銀行と簿記の誕生〜

かつてヨーロッパ経済の中心はイタリアだった。シェイクスピアが『ヴェニスの商人』を書いたように、ヴェネチアには東方貿易で莫大な利益を得ている商人が数多くいた。盗賊の標的にされやすい彼らの不安を軽減すべく、銀行は為替手形取引を開始する。(これが元祖キャッシュレス取引

取引が拡大するにつれて、商人は仕入れ・販売・為替手形の受け渡しの記録を、銀行は融資・回収・為替手形の発行の記録をつけ、他の支店に共有する必要が生じた。こうして帳簿をつけるための「簿記」が生まれたのである。

簿記が広まった重要な背景として、紙の普及がある。
レオナルド・ダ・ヴィンチの時代、紙は高級品だった。彼の父親が公証人(会計士兼弁護士のような職業)で紙を手に入れやすい環境にいたため、ダ・ヴィンチは大量のスケッチを残せたのだ。

2. 17-18世紀オランダ〜株式会社の誕生〜

スペインから独立したオランダもまた「商人の国」であった。プロテスタントとカトリックだけでなくユダヤ教徒まで共存を許す寛容なお国柄に惹かれ、アムステルダムには世界中から商人が集まった。

1600年、オランダのリーフデ号が初めて日本に漂着したが、無事だったのは出航した5隻のうち1隻だけで、残りは捕まったり沈没したりと散々な目に遭っていた。先行して東方進出しているスペインやポルトガル、イギリスに勝つため、もっと強力な船をつくろうと考えたオランダは初めての株式会社・東インド会社を設立する。
これにより、親族やその延長である仲間たちから見知らぬ人々にまで出資者が広がり、証券取引所が誕生することとなる。

3. 20-21世紀イギリス〜産業革命〜

木材の不足から石炭が注目され、これを掘りやすくするために蒸気機関が、やがて蒸気機関車が開発された。(余談だが、初めて蒸気機関車の試作品をつくったトレヴィシックが自らの機関車につけた名前は「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」だったとか。オシャレ…!)

1830年、ついにリバプール・マンチェスター鉄道が開通。
その後、イギリス全土で鉄道の建設が進んだ。鉄道は開業までに莫大な初期費用がかかるため、予算を含む事業計画をつくり、巨額の資金を調達しなければならなかった。こうして培った資金調達・運用のノウハウが、財務会計・管理会計の歴史に大きな影響を与えることとなる。
なかでも重要なのが減価償却の一般化だ。
株主へ配当を出すために、毎年の儲けをきちんと算出しなければならない→開業まもない間にかかる莫大な費用を分散すべく、減価償却の概念が広まったのだ。

4. 19-21世紀アメリカ〜投資家革命〜

イギリスの石炭に代わり、19世紀の歴史を動かしたのはジャガイモだった。19世紀半ばにおきたジャガイモ飢饉により、ヨーロッパ各地からアメリカへ向けて大量の移民が海を渡る。同時に、イギリスの産業革命で裕福になった産業家が、次なる儲け先を求めてアメリカに目を向けていた。

一気に路線を拡大して乱立されたアメリカの鉄道会社の一部は財務体質を悪化させ、19世紀末には数百の鉄道会社が破産。損をしたくない株主の間で経営分析ブームが起きる。波乱の1888年に生まれたジョセフ・パトリック・ケネディ(=ジョー/後のジョン・F・ケネディの父)はバランスシートを勉強し、当時は禁止されていなかったインサイダー取引で荒稼ぎする。

ところが1929年10月24日、歴史に残る大恐慌が始まる。
ルーズベルト大統領は「泥棒を捕まえるには泥棒」と言わんばかりに、SEC(アメリカ証券取引委員会)初代長官にジョーを任命する。意外にも(?)ジョーはきちんと仕事をこなし、投資家を保護するためのクリーンな会計制度を整備していった。

もともと中世イタリアにおいて「自分のため」に行われていた会計は、東インド会社のオランダ、産業革命のイギリス、投資家保護のアメリカへ進むにつれ、「他人のため」に行われるようになっていった。
また、鉄道会社の合併・買収が進み、連結決算が登場したのもこの頃だ。

5. 21世紀グローバル〜情報革命〜

蒸気機関車から自動車、航空機へと乗り物の工業化が進み、鉄道駅間の通信手段として有線から無線、インターネットへ情報化が進む。90年代は「つながり」を超えて「ひとつ」になろうとする出来事が多発した。
1995年 ウィンドウズ95発売
1997年 世界の航空会社がアライアンスを組む
1998年 ヨーロッパ域内統一通貨ユーロの導入
そしてドイツが世界に誇る高級自動車メーカー、ダイムラー・ベンツが、ドイツ企業初となるニューヨーク証券取引所へ上場。これが会計基準の国際化の歩みの始まりとなった。


以上が、会計の始まり〜現代に至るまでの、かなりざっくりとしたまとめだ。
会計の歴史はすなわち、帳簿をつくるイタリア・オランダ時代から決算書を読むイギリス・アメリカ時代、そして未来を描くアメリカ・グローバル時代への、「数字の力」の変遷でもある。

このほか、ビートルズの楽曲の権利をマイケル・ジャクソンが購入したエピソードや、レンブラントの代表作『夜警』が描かれた背景など、雑学に寄ったエピソードがふんだんに盛り込まれておりとても面白かった。
会計や経済に関心がない人にも、一読を勧めたい。

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