見出し画像

究極の判断力(世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?/山口周)

グローバル企業は幹部を有名アートスクールに送り込み、NYやロンドンの早朝ギャラリートークには、観光客に交じってスーツ姿のエリートがいる。それは教養を身につけるためではなく「美意識」を鍛えるため。なぜなら、これまでのような「分析」「論理」「理性」に軸足をおいた経営、いわば「サイエンス重視の意思決定」では、今日のように複雑で不安定な世界でビジネスの舵取りをすることはできないと彼らは知っているからだ。
その具体的な理由について述べた新書。

理由1.論理的・理性的な情報処理スキルの限界

AppleのiMac、ソニーのウォークマンは、いずれもマーケティングをすっ飛ばして経営陣の鶴の一声で生まれた。事実、大きな業績向上につながった「優れた意思決定」の多くが、論理や理性ではなく直感や感性によって下されている
オックスフォード大学では歴史と哲学が文理問わず必修で、エリート政治家
を輩出している看板学部は「PPE=哲学・政治・経済学科」だ。欧州では、政治や外交などの極めて難しい問題、論理的にシロクロのつかないような問題は、哲学する力なしでは解決できないという前提があるからだ。

理由2.巨大な「自己実現欲求の市場」の登場

現在の社会や経済の状況を表す「VUCA」という言葉がある。Volantiliy(不安定)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧)を組み合わせた言葉で、こういった状況の中ではクリティカルシンキング等の古典的な問題解決のアプローチは機能しない。さらに、ある程度の豊かさが世界中に広がったいま、人の承認欲求や自己実現欲求を刺激するような感性や美意識が重要になる。機能やデザインはサイエンスの力で簡単にコピーされてしまうが、ブランドのストーリーや世界観は真似できない。ここにも企業の美意識がもろに反映される。

理由3.システムの変化に法律の整備が追いついていない

Googleは英国の人工知能ベンチャー・ディープマインドを買収した際、社内に人工知能の暴走を食い止めるための倫理委員会を設置した。新しいシステムに対して法の整備が追いつかない現在、自分なりの「真・善・美」の感覚、すなわち「美意識」に照らして判断する態度が必要になる。

以上が主な3つの理由だが、本書では加えて極端な美意識の欠如・極端なシステム志向の危険性を、オウム真理教とアイヒマンを例に挙げて説明していて、とても興味深かった。

・オウム真理教
→何ができれば、どうすれば階層を上がれるかが非常に明確なシステムがあった。そこでは「生産性」だけが問われ、人望や美意識は問われない。オウムの幹部は全員高学歴だったが、取材すると驚くほど文学書に親しんでいなかったという。偏差値は高いが美意識は低いというのは、今日のエリート組織が抱えやすい闇でもある。

・アイヒマン
→これは同著者の『武器になる哲学』で引用されていたハンナ・アーレント『イェルサレムのアイヒマン  悪の陳腐さについての報告』と同じ話。
※ここでは美意識ではなく「誠実性」という言葉が使われていた。


結論、ユニクロの佐藤可士和、古くは信長や秀吉に仕えた千利休のように、「突出した美意識をもつ個人」をトップの側近に据えて判断を仰げばいいのだ!という話になりそうだが、個人がひとりいれば済む問題ではなく、その周囲の人にもまた、高い美意識がなければならない。なぜなら個人に全権を委譲するという意思決定は、その人の意識の高さを判断できるだけの美意識を持った人でないとできないからだ。
いま、美のマネジメントに携わる人たちすべてに、高い水準の審美眼・哲学・倫理観が求められている。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?