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【ケアの専門性】科学的介護をはじめとした「他分野の専門性の総合」が『介護』を成り立たせる


今回はこの記事を見ていきます。

【記事の概要】



・通所介護向け科学的介護ソフト「Rehab Cloud(リハブクラウド)」を2018年から展開するRehab for JAPAN(東京都千代田区)の大久保亮社長は、業務効率化と科学的介護の両立こそが介護業界の課題解決の鍵であると明言。


・高齢者数は40年にピークを迎えるが、介護人材の流出は歯止めがかからない状況。

・厚生労働省の雇用動向調査によると、22年の介護分野からの離職者は入職者を約6.3万人上回り、初の離職超過現象が起きた。


・理想のケアを突き詰めるには「介護DXによる業務効率化の推進」により、書類業務を劇的に減らし、可処分時間をしっかり生み出すことが大切。

・その上で「サービスの質向上」の成果として高齢者が元気になるという付加価値になれば、介護は大きく変わる、と考えている。


・これからの介護はケアの専門性を高めつつ、人材不足にも対応しながら介護経営をしていかなくてはならない

・科学的介護の推進による「科学的介護の時代」では、業務改善とサービスの質向上が人材難の救いの一手となりうる。

【「高齢者が元気になる」付加価値?】



記事を全文読んでいただくとして、気になる点はいくつかあります。


その中でも


・科学的介護の推進によって業務改善やサービスの質向上がもたらされ、そこから生まれた余白によって「高齢者が元気になる付加価値」が実現されれば、介護は大きく変わる


といった主旨には『価値観の逆転現象』が垣間見えます。

ここでは本来達成されうるべき『個人の尊重』(「高齢者が元気になる」)が付加価値の扱いとなり、「業務改善」「サービスの質向上」が本流の価値として挙げられているのです😮


確かに、これから訪れる利用者増加と人材不足の現状において介護DXや科学的介護の推進は欠かせないものとなりますが、それらは『問題解決のツール』以外の何物でもないはずです。

ところが「科学的介護の時代」という一言にも現れるように、科学的介護に対する価値比重が個人の尊重(高齢者が元気になる)よりも重くなっています😧


『科学的介護』〉『個人の尊重』という図式が意識的・無意識的に関わらず「思考」の領域で生み出されている訳です🧠


こちらでも指摘した『コト』〉『ヒト』の社会が介護・福祉領域でも実現されようとしているのがわかりますね😔

【ケアの専門性とは?】



また「ケアの専門性」に関しても疑問が残ります。

そもそも介護とは「看護」からの派生であり、介護で発生するあらゆるものは看護上の課題と言えます。


あくまでも


・「老齢または心身の障害により日常生活を営むことが困難な人」に対して(対象)

・「生活の自立を図ることを目的」として(目的)

・「日常生活動作、家事、健康管理、社会活動の援助を行う」ことで(手段)

・「けが人や病人の手当てや世話をする」こと(実践)


これらを「病院以外での介抱や看護について」行うことが介護なのです。



また資格の面から見ても、国家資格である介護福祉士が『名称独占資格』であるのに対し、看護師は『業務独占資格』であることからも、

介護職でできることは看護職でもできる

訳ですから、介護領域で『専門性』を語るのには定義上無理があります🫥



それでも「ケアの専門性」を考えるのであれば、他分野からの知見を総合する『総合職』としての専門性になります。

介護分野自体がケアの専門性を高めるのではなく、他分野が高めた専門性を統合し、それらを『個人の尊重』や『自立支援』といった介護分野へ適合させることが「総合職としての専門性」なのです。


ここを見誤ってしまうと、定義上存在し得ない「ケアの専門性」を追い求めて、ありもしない『理想の介護』実現のために多大な資源を費やし、「何も生まれない」現実を引き起こすことになります😢


介護DXや科学的介護も『科学』『医療』領域の専門性を介護分野へ適合させたものとなります。

「科学的介護の推進」がなされたとしても、それは科学・医療分野の『応用』なのであって、介護分野の専門性ではないのです。

【まとめ】「ケアの専門性」と同じ構造で「介護問題」は生まれている



今回は「介護人材難」と「科学的介護」の記事から読み解けることをお話ししました。


そもそも、介護の問題は「介護を必要とする」から起きていることに氣付く必要があります。

一人ひとりが「介護を必要としない状況・状態」となれば介護上の問題は全て「発生しない」のですから。



極端な話に聞こえるかと思いますが、この話が受け入れられていなければ「ピンピンコロリ」という言葉は流行りません。

一人の人間が大往生を心掛け、そこに至るのであれば介護期間は極端に短くなりますし、それを多くの人が望まれているからこその「ピンピンコロリ」なのですから。


「いや、実際には多くの人が介護施設を使っているじゃないか」というのもこの事実の裏付けであり、

「多くの人が望む結末にたどり着けない現実」=「介護を必要としている事態」

生み出される原因こそが本来の『問題』なのです😔


そしてこの問題が生まれるのは、ここまでお話ししてきた内容と同じ構造で、介護『問題』もまた「他分野の課題の総合」によって生み出されたものであり、「介護を受けなければならない状況・状態」に追い込まれている現実を見る必要がある、という話です。



それだけに介護人材は、同じ『ヒト』として利用者とどれだけ向き合えるか

介護DXや科学的介護を『コト(ツール)』としての距離感を保ちながら使いこなせるか


『コト』〉『ヒト』から『ヒト』⇔『コト』へ価値観を変え、次世代へと紡いでいけるか


そうした「ヒトとしてどう生きるか」が問われているのだと僕には思えてならないのですし、人が人を好きでいられるうちは介護問題は最終的に解決するのだと思います。



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