見出し画像

黄色いメガネが似合う貴方へ


帰宅途中の電車内。
目の前に座ったおじさまのメガネが黄色だった。

私はおじさまを凝視した。
あまりにもその姿が似合っていたもので、どうしても視線を逸らすことができなかった。

当然、こんな私でも赤の他人を見つめることが無礼であることは重々承知している。でも、とにかく素敵だったのだ、黄色いメガネが。


よく見ると彼はグレーのストライプ地のスーツに、革の鞄と、革の靴を合わせており、革製品は茶色で統一していた。
その時点で大層お洒落であることがわかる。それはいい。
そこまでだったら、お洒落なおじさまというだけで話は済んだのだ。

そこに黄色いメガネが主体性をもって置かれてしまった。
まるでどこぞのポップなミュージックビデオから飛び出してきたような、不思議な世界がそこにはあった。白地の部屋にピンクの壁紙、赤いダイヤル式の電話が目に浮かぶ。
アーティストが歌いながらおじさまの横を通りすぎるか、手を取って踊り出しそうな雰囲気まである。曲のテンポに合わせながら身体を揺らし、終いには何事もなかったかのように画角から消え去っていく。そんな彼の姿を思い描いてしまった。おそらく名もなきアーティストはサスペンダーを身に付けているのだろう。

これは恋という複雑怪奇な病気に近い、突発的な火花のようなものかもしれない。
確かに私は、モノクロームな日常に辟易していて、何も得られず一日を終えてしまうことが悲しくて、(今日の)落し物はなんですか、ってBGMを脳内でガンガンに流しながら周りを見渡していた。

そんな時に目に入ってしまったんです、貴方のその黄色いメガネが。

思わずの二度見。顔を向けた時にぽきっと首が鳴ったのは、運命の音だったのかもしれない。
一瞬で強く惹かれたこの気持ちに嘘はなく、こんなにも素敵な脳内ステージを私に見せてくれた(※正確には勝手に見た)貴方は、とても素敵。


…不気味な熱い視線を感じ取ったのか、
おじさまは手にしていた新聞紙を閉じると鞄にしまい、代わりにメガネケースを取り出した。
そして、その黄色いメガネをそっとくるんで鞄にしまい、流れるように開いたドアへと向かった。

新聞を見る間のみ使用される黄色いメガネ。
なんだそのゴールデンタイム。そこに居合わせた私は幸せ者か。


何はともあれ、見知らぬ人を、頭の中で踊らせてしまった罪は重い。
申し訳なさと心苦しさと安らぎが入り乱れて狂喜乱舞しているので、とりあえず謝罪だけは済ませておきたい。


拝啓 黄色いメガネの貴方様

心の中で貴方様の姿形を想像し、架空のミュージックビデオにまで登場させてしまったこと、さらには貴方様という個性と直接対面し、その人となりを理解することもなくイメージを具現化してしまった無礼をお許しください。
しかしながら貴方様のその姿は眩しくキラキラと輝いており、私の心に一時の安らぎという幸せを与えてくださいました。
その姿を見つけた時、今日という日に賞を授けるのであれば、是非貴方様へ、と推薦の意向を固めておりました。

おめでとうございます。貴方こそが本日のMVPです。
MVPは断じてミュージックビデオプロジェクトの略ではございませんし、脱毛の部位を示すものでもありません。

黄色いメガネが膨らませてくれた私の世界。
お洒落なのか好きな色なのか、ただ貴方様が貴方らしく生きて選んできた色合いが、地味でつまらない私の一日の終わりをカラフルに彩ってくれたのでしょう。

黄色いメガネを落とした際は、私が地獄を這ってでも見つけだしますんで、
どうかいつまでも黄色いメガネの貴方でいてください。

愛をこめて、私より。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?