共感なんてするな!「ひろゆき型コミュニケーション術」を体得して人生変えた話
造語ですがいつにも増してタイトルがうさんくさい。
「そもそもひろゆきってコミュニケーションが上手い印象ないんだけど?」という疑問を持つ方がほとんどと思いますが、個人的にこのnoteは今年のトップ3くらいに入る渾身の力を込めた内容なので粘り強くお付き合い頂けたら幸いです。
皆さんには「これこそが人生のターニングポイントだった」と思い浮かぶ瞬間ってありますでしょうか。
数十年生きてると誰しも人生が切り替わった、ターニングポイントになった、と思う瞬間があるものだと思います。
自分の場合ぱっと浮かぶのが、以前のnoteでも書いたのですが2016年にそれまでやっていたSEの部署からUIデザイナーへ転身したとき、そしてブランディングデザイナーの西澤明洋さんの講座を受けて自分の中のデザインへの認識が暴力的なまでに書き換えられたときでした。
そして2022年、それに匹敵する自分の中での認識革命が起こりました。
きっと今年の自分の変化も何年経っても「あぁ、あの時のあれがあったから今の自分があるんだな~」と何度も思い出すものとなるでしょう。
それが自分にとってはマッチングアプリでした。
ほらもううさんくさい。(もう少しだけブラウザバックは待って、、)
これまでマッチングアプリ体験記的なnoteを何本か書いてきたのですが、今回の記事は最も強く自分がnoteに書き記しておきたいと思っていたことでした。これが言いたくて書き始めたと言っても過言ではありません。
これまではわりとマッチングアプリならではの話題や体験報告的な側面が大きかったのですが、今回の記事はマッチングアプリや、もっと言えば男女関係に限らず、ビジネスを含めた対人関係全般に関連させられる普遍性をもった内容と思っています。
自分もご多分に漏れず、もっとうまく人と関われたらなぁと悩むことがあったわけですが、9月の1ヶ月間マッチングアプリをやってみて、それまで抱えていたコミュニケーションに対する苦手意識がほとんど消えました。
考え方は非常にシンプルで、基本的には1つのルールだけを念頭において会話を運べば良い、というものです。noteでは段階を追って書いていくためちょっと色々なポイントを書いていきますが、最後は1つのルールにまとまってくのでできれば辛抱して読んでください。
この自分なりの方法論を実践できるようになったことで、マッチングアプリで5人の人と会ったのですが、どの相手とも長時間、それも結構内面に踏み込んだような雑談ができるようになり、かつ相手にもかなりの好印象を与えることができました。
正直このコミュニケーション方法論はかなりイケてると思っていたため、真面目な記事として出すべく最後までマッチングアプリと絡めた記事にするかどうか迷ったくらいだったのですが、、悩んでても結論が出なかったのでえいやで出してしまった次第です。
繰り返しになりますが、このコミュニケーションの方法論は少しアレンジは必要ですがほぼほぼ男女関係以外にも応用ができます。というかむしろビジネスの場での効果も男女関係以上にでかい気がしています。
だいぶ自分でハードルを上げきった感ありますが、いつものごとく死ぬほど前置きが長くなったのでそろそろ本題に入っていこうと思います。
あと書いてみたら9000文字超えの記事になってしまったので、斜め読みしてもらうか、何回かに分けて読んでもらえたらと思います。。
相手に共感するな
コミュニケーションにおいての「共感」の重要性は100人中8000人くらい(80割)が語っているトピックです。
共感することで、相手と同じ気持ちを共有しているという連帯感が生まれ、それが信頼関係構築につながる、というもの。
しかしここで自分みたいな頭でっかちコミュ障がやりがちなのが、「共感していることをより強く証明するために自分のエピソードを持ち出す」です。エピソードを持ち込むまでではなくても「あーそれ自分もわかります」と安易な共感を伝えてしまったりする。これはマジでやめたほうがいい。
実はこの「共感」には相当な相互の信頼関係が必要です。
例えばまだお互いが親密ではあいもの同士でのありがちな最悪な会話の例を挙げます。
一見、相手への共感を自分なりのエピソードを交えてより強く示しているように見えますが2点大きな失策をしています。
1つは「相手のエピソードに乗っかるかたちで会話のボールを強奪している」点。
基本的にコミュニケーションはしゃべっているほうが楽しんでいるもの。そのため会話のボールの持ち合いをお互いに上手く調整し合いながら進められるのが会話の理想型ですが、上記の会話では相手が生んだ会話のきっかけを無理やり自分が強奪しているかたちになっています。
本当は相手が何かもっとしゃべりたいことがあったはずなのに、別のエピソードをかぶせられると何となく悪い気がして相手にボールを渡してしまう。そういうことが重なるとコミュニケーションのバランスが崩れて破綻します。
そしてもう一つが「当事者からしたら全然違うシチュエーションなのに安易に同じに扱ってしまっている」点です。
一見すると児童同士の喧嘩も会社の同僚の喧嘩も似たものにも見えますが、前者は教師と児童という関係性の違いや年齢差などもあり、後者とはまた違った悩みや考え方があるはずです。
それをあたかも自分も同じかのように安易なエピソードで同等にくくられるとそれだけで不快な気持ちにさせてしまう可能性があります。
そんな感じで安易な共感はマジで危険、ということを言いたいわけですが、でも「あーわかる」という共感がダメだったらどうやって相手と親密なコミュニケーションを行うのでしょうか。
コミュ障は「ひろゆき型コミュニケーション」を目指せ
とは言え世に言う「陽キャ」と呼ばれる人物たちはそんなのはお構いなしに相手にガンガン共感してウェイウェイな関係を築いていたりします。(なんだこの日本語)
それはもちろん訓練で体得できる部分もあるのでしょうが、個人的には理屈では説明しきれないほぼセンスや才能を競い合う芸やアートの世界の話な気がしています。そのためnoteを読んでいるような陰キャでコミュ障な人々(失礼)にはかなり酷なものでしょう。
なのでここでは、天性のセンスなどは不要で自然と会話を掘り下げていけるような方法を書きたいと重ています。
自分が提案したいのが「ひろゆき型コミュニケーション術」です。
さっき勝手に名付けたので多分ググっても出てこないかも知れません。決して論破しろ、とかそういう類のものではありません。
これは前述のような陽キャよりはむしろ、noteを読んでいるような内向的で陰キャな雰囲気の人に非常にマッチしているものと自分が身をもって感じています。
結構ひろゆき関連の動画を好んで見ている自分なのですが、誰かと対談しているときの彼の場の作り方に「おや?」と気づくものがありました。
本人も自称している通り、決して話している感じはコミュニケーションが大好きという雰囲気はないのに、なぜか相手との会話が嫌な雰囲気になることなく続いていることが色んな動画から伺えます。
この自称コミュ障のひろゆきが実践している会話術を体系化して、自分なりに咀嚼して血肉にしていくというのが「ひろゆき型コミュニケーション」です。
相手の人格をインストールして不具合を見つける
私が提唱するひろゆき型コミュニケーションは、ちょっとカッコつけた表現でまとめるとするなら「相手の人格をインストールして、そこから見つかる不具合や課題を探し続ける」です。つまるところ会話とは、ひたすら自分の頭の中に会話相手をコピーして、そいつを脳内空間上で動かし続けて気になる部分を探っていく旅のようなものだと考えています。
すごく気取った分かりづらい説明なので、もうちょい具体化させます。
ひろゆきの対談動画を見ていると、彼はひたすらに質問者でありインタビュアーに回っています。その会話を俯瞰してみると大体以下のような流れになっていることがわかります。
会話の中ではこのサイクルをいかに回すかだけに集中します。
最初は簡単で当たり障りのない質問でも、何度もこのサイクルを回していくことで徐々に自分の中にインストールされていく相手の人格の解像度があがっていき、会話を進めるごとにどんどん具体的な深い話にまで自然と持っていくことができます。
1.質問する
まずはとにもかくにも質問です。最初の質問の時点では相手のことはあまり理解は進んでいないかとは思いますが、可能な限りの情報を予め頭に入れておいて、自分なりの仮説を立てた上で質問できると良いかと思います。
この「仮説を立てて質問する」はこのコミュニケーション術の最もコアのルールです。
例えば相手の出身地と仕事が分かっていたとしたら、「今って東京にいますけど地元での就職とかは考えなかったんですか?」とか「大学のタイミングで東京に出てこられたんですか?それとも就職でですか?」とか「地元の友達で東京に来てる人って結構いるんですか?」とか、事前情報があればわりと色んな会話のきっかけが作れます。
とりあえず仮に以下のような質問をしたと想定してみます。
2.理解する
そこで相手からの返答が返ってくるかと思います。その言葉を受け取って相手の状況に関して理解をすすめます。
3.相手になりきる
ここが会話のキモとなってくる部分です。相手からの返答に対して、自分の知識を総動員し、脳内で相手の立場に自分がなりきります。
例えば前述の回答から、自分は以下のような仮説が頭に浮かびます。
4.課題を見つける
3で自分の中にインストールした相手の人格から浮かび上がった仮説の中で、自分が「これってちょっと自分の感覚からしたら課題になりそうだな、」とか「ここってどうなってるんだろう?」のような「自分との差や違和感」を探っていきます。
例えば、地元に多くの友人を残して東京に来たという野心家っぽい彼の一面が仮説として浮かび上がってきたので、こんな質問を投げかけることができるでしょう。
すると彼からはこんな返答が来るでしょう。
そしてまた、理解→なりきり→課題のプロセスを踏んで別の質問を投げかけていきます。
・
・
・
こんな感じでとにかく相手に質問して、その返答から徐々に相手の人格の解像度を上げていって質問をする。
テキストに起こすと一方的な詰問のようにも見えてしまいますが、そのあたりの間合いやテンポをコントロールしていけば違和感はかなりなくなります。
ここに「共感」を伝えるやりとりは全くありませんが、このサイクルを繰り返すだけで相手に好印象を与えることができ、かつかなり会話を持続させることができます。
会話が途切れてしまうのは往々にして「話題に対して聞き手が興味を失ったとき」か「相手が聞かれたくないことをデリカシーなく聞いてしまい気まずくなったとき」です。(後者は頑張って回避するしかないですが)いずれにせよ会話が続くかどうかの手綱をひいているのは聞き手側です。
相手の回答に対して仮説を積み重ね、自分なりに気になった部分を質問し続ける限り会話は続けることができます。
そして、最初にかなり聞き手側にまわった人に対しては、普通の感覚の持ち主であれば会話のボールを聞き手役を担ってくれた人に渡してあげることもするはずです。
そして少し自分が話し手となって休憩をした後は、また自分が聞き手側に回って、ひたすら自分の中にインストールした相手の人格を脳内で動かし続けて質問を繰り返します。
こうすれば大体の会話はうまくいく確証を得ています。
カジュアルは「感情」、フォーマルは「根拠」
前述した名古屋人の例は(完全なフィクションですが)どちらかというと男女関係や友人関係を築くようなカジュアルなコミュニケーションを念頭においています。
ではもっとフォーマルな場、例えばビジネスの現場などでの人間関係構築にはどのように使い分ければいいでしょうか。
これは自分が思うに、質問の際にカジュアルな関係性の中では「感情」を聞き、フォーマルな関係性の中では「根拠」を聞く、で使い分けられると考えています。
前述の会話の例では
のように「怖い」という感情にフォーカスを当てて質問しています。
しかし、同じような状況でも例えばフォーマルな場では以下のような質問ができるかと思います。
このように「なぜ?」という「根拠」に対して質問を投げかけます。
この「感情」と「根拠」の質問にはそれぞれ以下のような特徴があると考えています。
そのため、「会話を通して人間的なつながりを得たい」という場面においては、誰でも答えることができる感情に対しての質問を投げかけ共有し合うことがベストなのですが、一方でフォーマルな場面で「それって辛くなかったですか?」なんて感情に対しての質問をすると(決して不快感は与えないと思いますが、)人間的な薄さというかザコっぽさが若干露呈してしまいます。
そのためお互いに利害関係のあるようなフォーマルな関係性を築く上では根拠の質問を的確に使っていくことが大事なわけですが、特に最後の「できるヤツっぽさが出る」というところがキモで難しい部分だったりするのでそのへんも自分なりの考えを書いていきます。
「できるヤツっぽさ」は仮説の深さで決まる
この「できるヤツ感」の出る質問ができれば、ビジネスの現場や目上の人とのちょっとした会話の中でもめちゃくちゃ相手に強い印象を残せるのですが、究極的にはこの点に関しては小手先のテクニックではなく泥臭い自力が必要と個人的には考えます。
相手に「お?」と思わせる質問というのは往々にして「めちゃくちゃ深い仮説」の上に成り立っているものです。
そしてその仮説の深さは、質問者の知見の広さと深さに単純に正比例します。
例えば、自分とは全く関係ない「生命保険会社勤務の人」を相手と会話するときでも、様々な仮説が浮かびます。
あまり知識がない業界ではあるものの大体これくらいのことは頭をよぎります。自分は資産運用や株式の情報などを好んで日頃から収集したりしているのもあり、最近民間保険が界隈でかなり懸念されている事実をつかんでいました。
そこからさらに仮説を深掘って、「生命保険て本来子育てをしている若い人のための保険という側面が強いはずなのに、年配向けの商品になってるんじゃないか?」という仮説も浮かびます。
そういったかたちで、自分が日頃得ている情報とを紐づけながら、「自分が相手の立場になったらどんな状況になるか、どんな課題がありそうか」を探っていきます。
そこで例えば「老人ばかりの生命保険て、死ぬリスクが高い分事業者側からしたらコスパ悪くない?」という課題が見つかったりします。そこについて質問をすれば、全く知識のない業界ながらもちょっと具体的で掘り下げた質問ができるため相手にも「お、こいつできるヤツっぽいぞ?」と思ってもらえたりするかもしれません。
ただ、頭の中で仮説を重ねた先で唐突に質問すると相手は「なんでそんな質問をしてるんだ?」となるため、自分が辿った思考のプロセスも簡単に説明した上で質問をしてみるといいと思います。
そうすると自然とちょっとひろゆきっぽい口調になったりします。
ひろゆき型コミュニケーションの欠点:鼻につく
コミュ障でも雑談がスルスルできるひろゆき型コミュニケーションですが欠点もあります。
人によって程度の差はありますが、基本的になんか鼻につきます。
「これってこうだから、つまりこうなんじゃないですか?」という論調は人によっては圧迫感や嫌悪感を抱くこともあるでしょう。
ただ、これも話し方やテンポ、態度や表情などコミュニケーションにおけるその他の要素でカバーできると思うため、「この話し方をするとそういう風に思われるぞ」と予め頭にインプットしておけば自然とそれを回避するように謙虚な言葉遣いや態度ができるかと思います。
また、これはちょっとテクニック的な話ではありますがマッチングアプリのような初対面の人同士が仲良くなるためのコミュニケーションの場においてはやたら口が上手い胡散臭さや怪しさを相手に印象付けることがあるため、それを念頭に置いて表情や態度に気を配りつつ、服装などもあまりチャラく思われないような真面目な感じで臨むと良いだろう、というのもマッチングアプリを通して学んだ部分だったりしました。
いろいろやってみてよかった(小並感)
普通に書いてても文字数が半端ないことになる私ですが、今回は特に肩の力を入れて書いたので力が入りすぎてこの時点でも8000字をオーバーしてしまいました。本当に誰が読んでるんだこんなの。
でもとにもかくにも、ひょんなことから始めたマッチングアプリだったのですが、思いがけない収穫を得ることができました。
ただ、やはりそれも今回が初めてのマッチングアプリではなくこれまで何度かの失敗経験から改善策を自分なりに考えて実践できる場があったからこそ得られたもので、「やってみる→失敗する→改善策を考える→やってみる」というサイクルを何回かできたからこそだなぁと思いました。
失敗したら別の方法を化学実験のように楽しんで試してみたりする大切さを改めて学べた33歳の夏でした。(なんてもの悲しい夏)
あまり今回の記事はマッチングアプリの話はなかったものの、(すでにアカウント削除済みですが)自分が使っていたアカウントの情報を有料で公開してますので、ご興味ある方は見てみてください。
あともう一つ、これも完全な思いつきの実験ですが、かれこれ複数回マッチングアプリをやって多くの失敗とわずかな成功をつかんだ自分として、マッチングアプリで困っている人のお悩みごとを30分100円で聞くZoom会をやってみようと思ってチケット販売してみました。
なお、自分の頭の中にあるマッチングアプリノウハウは無料noteに手加減なしの全力でまとめてるので課金する前にこちら読んでいただけたら嬉しいです。
ちなみにひろゆきの書籍も面白くて何度か読書メモを書いていたりしますので、もし彼の考え方をもっと俯瞰して見てみたいという方はぜひこちらの書籍もおすすめです。
最終的に9000時超えました。今日はこんな感じで。。。ではまた。
__________________________________________________________
@やました
Twitter(noteの更新をお知らせします) : https://twitter.com/yamashita_3
__________________________________________________________
サポートいただいたお金は今後の発信活動に関わるものに活用させていただきます。