現場仕事は社長のサボり
事業としてM&Aに携わっていると、一定の軸で会社を「評価する」習慣が身に付きます。一定の軸と言っても、定点観測のようなもので、評価法自体は100%正しい手法があるわけではありません。一般的な価格算定方法はどれも参考程度のものです。あくまで、需要と供給のマッチングですから、俗に言う「相場」なんてものもありません。
その定点観測ポイントのひとつが「自走可能かどうか」。つまり、社長がいなくても会社が回っていくかどうか、ということです。
よく、M&Aプラットフォームから流れてくる案件情報を見ても、「自走可能」などと書かれています。そんな場合でも、最初のヒアリングの際に必ずここを再度確認します。PRに自走可能と書かれていても、ヒアリングしたら全然違ったケースが結構あるからです。
自走可能かどうかは、企業価値を左右するもので、当然M&Aの価格算定にも影響します。
自走できない理由
わかりやすく野球でたとえると、監督が選手を兼任するのは稀有なケースですし、これまで何人かの兼任事例(監督ではなくコーチかな)がありますが、その方がいいとは言えないはずです。監督やコーチは、自分のマネジメント業務に専念できた方がいいに決まってます。
社長がいないと現場仕事が回らないなんて、本当にそうなら、誰か別の社長を呼んでくるか、もう会社ではなく個人商店として事業を営んでいくべきです。そんな状態で会社は成長できません。
でも、そんな状態の会社が驚くほど多いのです。小規模企業は特に。
自走ができない理由は、恐らくこんな感じです。
仕組ができていない
社長の実力が突出している(後進が育っていない)
社長が現場大好き
体制を作れるほど利益が出ていない
人を入れたいけど採用できない
これらは明確に、このような状況を問題視してこなかった社長の責任です。「4番、サード、俺」に快感すら感じているのかもしれません。「いつまで経ってもわしがいないと何にもできねえんだ」なんて愚痴を言っている社長の顔は、どこか自慢げでもあります。
これはズバリ、社長のサボりです。現場仕事は社長のサボりなのです。これやってると忙しいので、仕事してる感は満載です。でも、それは錯覚です。
社長の仕事は、会社の価値を向上させることです。社長が中心になって現場仕事をこなしている会社は、例えそのおかげで利益が上がっていたとしても、企業価値としてはマイナスです。
では、なぜ自走経営が評価されるのか。その理由を考えてみます。
自走経営が評価される理由
将来設計、採用、資金繰りなど、社長の仕事に専念できる
社長不在でも会社が回っていく仕組がある
病気などで突発的に人が欠けても、社長がカバーできる
社長が売上を作らなくても、社長の役員報酬を出せる収益力がある
こう見ると、自走経営によって企業価値が高まり、M&Aの際は価格算定に大きく影響するのも当然です。
前社長が創業者であった場合は特に、営業力でその人を上回るのは困難です。創業者はだいたい一番のセールスパーソンです。そんな人が、第一線で営業に出ている状態を引き継ぐなんて、想像しただけでも難しいですよね。
ただでさえ、改善課題山積みの会社を買収して、その後経営に専念できず現場仕事で忙殺されるようでは、何のために買収したのかわかりません。これでは改善が見込めないのは明白ですよね。
その意味で、自走経営はM&Aの価格算定で重要な軸なのです。
自走経営をするには
以前、ある有名なコンサルタントと話しているときに言われた言葉が、今も記憶に残っています。
「社長は一ヶ月くらい、意を決して旅行に行ってください」
いや、一ヶ月も無理でしょ。しかもそれ、ちゃんと理由を説明しなければ、社員は納得しないでしょう。逆にやる気をなくして、会社が崩壊してしまう可能性もありますよ。
「それでも、幹部社員には目的を説明して、とにかく姿をくらますべきです」
姿をくらますww。なるほど。でも、これまで社長に頼ってきた現場に「自立」を促すためには、そのような荒療治も必要なのかもしれません。
それができるか出来ないか。それは社長と社員の信頼関係ですね。
もうひとつ心配になるのは、顧客満足です。実は私も、自走経営を目指して、何度もここで頓挫した経験があります。社員だけに任せていると、客の満足が下がり、離れていくのではないか。悪い評判も立つのではないかと。
でも、ここはある程度犠牲を払ってでも、やる価値はあります。しかし、資金的に余裕がない状態だと、多少のダメージも許容できず、そのような変革が難しいものです。経営は、常に土俵の真ん中で勝負する必要があります。
社長がことの重大さに気付いたなら、あとは何が何でもやる覚悟です。
『4番、サード、俺』は、野球では格好いいかもしれませんが、経営ではとても恥ずかしく、レベルの低いものだと認識してください。