見出し画像

六花亭をめぐる、思い出ばなし。

毎週日曜日の朝に放送されている「がっちりマンデー!!」というテレビ番組がある。世の中にあるさまざまなビジネスの、ちょっとしたアイデアなんかを紹介している番組だ。司会はお笑い芸人加藤浩次さんとフリーアナウンサーの進藤晶子さんのおふたり。経済番組、というジャンルになるのだけれど、硬くなりすぎず、終始笑顔で毎回進んでいく。

恥ずかしながら、私はもう40歳近いのにビジネスに関して知らないことが多すぎる。おもしろいながらも、ためになる番組だなぁと日曜日に早起きできたときは眠気まなこながらも見ていることが多い。

1月14日に放送された内容は「新春恒例!すごい社長6人が大集合 社長が『実はパクりたい』会社の名前を告白!」と題されたもの。

6名の社長は、以下の通り。

(株)大創産業 代表取締役 矢野博丈さん
(株)ニトリホールディングス 代表取締役会長兼CEO 似鳥昭雄さん
日本交通(株) 代表取締役会長 川鍋一朗さん
(株)ファミリーマート 代表取締役社長 澤田貴司さん
星野リゾート 代表 星野佳路さん
(株)ほぼ日 代表取締役 社長 糸井重里さん
※企業名50音順(TBS「がっちりマンデー!!」公式サイトより)


そうそうたる顔ぶれだ。

そして、この回の「パクりたい会社」を発表されたのがほぼ日の糸井さんと日本交通(株)の川鍋さんだった。

糸井さんが「まねしたい」として、紹介された会社は、北海道の人気菓子店「六花亭」だった。

六花亭さんは、とにかく人気にあぐらをかくことなく、常におかしを「一番美味しい」状態に保つための工夫をされていた。また、社内の風通しがとても良く、社内報を通じて社員の声に耳を傾ける、ということを徹底しておこなっていらっしゃった。番組では十分にも満たないほどのみじかい時間での紹介ながらも、「ちょっとやそっとではまねできないぞ」と考えさせられる企業の姿勢が感じられた。


六花亭のおかしには、恐ろしいほどの魅力がある。

私はこのことを、身をもって体験している。

私には3つ年のはなれた姉がいる。姉が短大生の頃のことなので、もう20年近く昔の話だ。

姉は、食いしん坊だった。美味しいものがあるなら、早起きだってするし、行列にだって並ぶ。ただ、姉はまだ学生という身分だったので、美味しいものを入手する場所は、だいたい百貨店の物産展だった。

当時はインターネットが普及していなかった。そのため新聞や雑誌の広告や電車のなかにぶら下がっている吊り広告などで、いつ物産展が開催されるのか入念にチェックしていた。姉は短大に通うために、大阪の中心部を経由していた。そのため、梅田にある阪急百貨店大丸百貨店の催事会場のスケジュールをほぼ把握していたのだった。


「北海道物産展で買ってきてん。一個あげるわ」

ある日、私が学校から帰宅すると満面の笑みを浮かべた姉がいた。

姉は物産展でその地域でしか入手できないおかしを食べることに命をかけていたけれど、全部ひとりで食べるのではなく家族にも分けてくれるのだった。

そして「一個あげるわ」といって差し出されたものが、六花亭の「マルセイバターサンド」だった。五個入りのマルセイバターサンドをひとつ買ってきた。我が家は四人家族だったので、父、母、私にひとつずつ配り、姉は、ふたつ、食べるといった。

初めてマルセイバターサンドを手にしたとき。銀色のセロファンにつつまれた封を開けた瞬間の甘い香り。割ってしまわないように、そっと手にとって口にいれたとき。

とにかく美味しくて、驚いた。しっとりとしたクッキー生地。ぷっくりとしたレーズン。しつこさのまったくないバタークリーム。すべてが最高で、「なにこれ、めっちゃ美味しいなあ」と姉と一緒に食べたことを覚えている。姉も得意げに「これ、食べたかってん。並んで買えてん」と言っていた。

父も母も「えらい美味しいおやつやねえ」といいながら、コーヒーや紅茶などと一緒にありがたそうに食べていた。

今ではオンラインショップもあるし、ボタンひとつ、ポチッと押せば購入できるけれど、当時はなかなか難しかった。六花亭には、もしかしたらその当時から通販事業はあったのかも知れないけれど、我が家ではそのシステムは利用するすべもはなかった。

ひとつだけ残したマルセイバターサンドを、「今日2個食べるのはもったいないわ」姉は大事に冷蔵庫に入れていた。


しかし。姉が大切にしまいこんだマルセイバターサンドを、父が見つけて食べてしまった。大事に大事に、見つからないようにしまっていたのに。父も「このおかしを、もう一度食べたい」と止められなくなり、姉に断りもなく、食べてしまった。

姉は、その事実を受け止められなかった。

朝早く起きて百貨店に並んだのに。割れないように丁寧に持って帰ってきたのに。大事に大事に、食べようと思っていたのに。

父が食べたと聞いたあと、姉は大声で泣き叫んだ。

「私が食べるっていってたの、聞いてへんかったんか?」と。

母と私は、まさかおかしひとつで、姉がここまで大騒ぎするとは思っていなかった。おかしを食べてしまった父も、明らかに「しまった」という顔をしていた。また買いに行けばいいやん、となだめたけれど、物産展は、もう最終日を迎えていた。

「北海道まで行って、買ってきて。六花亭のマルセイバターサンド、買ってきて」

泣きながら、冷たく父に言い放った姉の声を、今でもはっきりと覚えている。

姉の怒りを鎮めるために、私たち家族は知恵を絞った。姉にマルセイバターサンドを貢ぎ物として献上しなければ、あの火山が噴火したかのような怒りはおさまらないだろう。普段は見もしない雑誌に目を通した。幸い、京都の百貨店で北海道物産展が開催中だったので、母が朝早くに買いに出かけ、マルセイバターサンドを購入してきてくれた。そうして、姉は怒りを鎮めてくれたのを覚えている。

食べ物の恨みはこわい。

マルセイバターサンドの魅力に取り付かれてしまった姉も、そして父。

いまだに百貨店などでマルセイバターサンドを見かけると「買わなければ」という気持ちに襲われることすらある。

けれど、私の家族のあいだでは、この話は笑い話になっている。六花亭のおかしをめぐる、くだらなくて、いじきたない思い出話かも知れない。けれど、家族みんなが思い出しては大笑いし、姉はすこし恥ずかしそうに弁明する。

大切な思い出をつくってくれた、六花亭のマルセイバターサンド。

番組で紹介されていた、あのニコニコ笑顔の従業員さんたちが作ってくれたものなのだと思うと、またひとつ、思い出に優しい色が重ねられたように感じるのだ。

この記事が参加している募集

#コンテンツ会議

30,752件

最後まで読んでいただきまして、ありがとうござます。 スキやフォローしてくださると、とてもうれしいです。