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住所で余命が決まるアメリカ

2019年7月、「アメリカでは郵便番号で余命が決まる」という記事がTIME誌で発表され、大きな反響を呼びました。

記事によれば、住所による平均寿命の差が最も大きい都市は、30.1年差のシカゴ。
そこに27.5年差のワシントンD.C.、そして27.4年差のニューヨークが続きます。

つまり、シカゴでは平均寿命90歳のエリアのすぐ隣に平均寿命60歳のエリアがあるということです。

住む場所によって寿命が決まってしまうというのはどういうことでしょうか。


この記事が注目するのは、これらの地域は人種・民族の分断もまた激しいという事実です。

アメリカには「黒人街」「メキシコ移民街」というように特定の人種や民族の多く住むエリアが存在し、
かつそうした人びとは得てして「低賃金労働者」です。

国民保険が存在せず医療費がとにかく高額、救急車を呼ぶだけでも20万円以上請求されることのあるアメリカでは、
お金がなければ治せる病気も治してもらえません。

こうして、
住所と人種・民族、人種・民族と所得、所得と医療サービス
というそれぞれの因果関係の連鎖から、
「郵便番号によって平均寿命が30歳左右される」ということが起きるのです。


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つい先日、私はニューヨークまで4泊の旅をしてきました。

中心部であるマンハッタンのホテルはどこも宿泊費が高く、また連泊時にはキッチンを使えた方が快適なので、私は今回Airbnbという民宿サイトを通して、マンハッタンからバスで30分程度の地域に部屋を間借りすることにしました。

お宅のオーナーはキューバからの移民だそうで、基本的にスペイン語しか話しません。
しかし、少しの英語とGoogle翻訳を駆使して、笑顔でもてなしてくれました。
お宅の概観は古そうでしたが、中は白い壁できれいにリノベーションされた、清潔なお家でした。

近隣のスーパーでも店員さんが私にスペイン語で話しかけます。どうやらそこは、カリブ海系移民の町のようでした。


さて、旅の初日、私は知人から紹介してもらったアメリカ人の実業家の奥さんとディナーをご一緒し、宿まで車で送ってもらいました。

お別れをし、自分の部屋でシャワーの準備をして下着などを出していたら、外で何やら「ジャパニーズ・ガールがここに泊まっているだろう、呼んでくれないか」と聞こえてきます。

部屋から出てみると、さっきまでご一緒していた彼女でした。

彼女は私を玄関の外に連れ出し、小声でこう言います。

「車で通ってみたけど、ここの近所を好きになれないの。
ここに泊まるのは危険よ。
うちに使っていない部屋があるから、そこに泊まった方がいいわ。」

それを聞き、初めてのニューヨークで治安に不安があった私は、ニューヨークに20年以上住んでいる人が言うならそうに違いない、と慌てて荷物をまとめます。

部屋の外では、そのアメリカ人奥さんが、英語とカタコトのスペイン語を混ぜながら「ここの家より私の家の方がニューヨーク中心街に行くのに便利だからマドカを招くことにして・・・」と説明しているのがきこえます。


逃げるように荷物をまとめて出ていく私を、キューバ人のオーナーは
「うちが気に入らなかったのか」
「もしその友人の家で不都合があったら、いつでも戻ってきていい」
とカタコトの英語で言いながら心配そうに見つめていました。


車に乗り込み、私が「女の一人旅としては治安が懸念事項だったので、助かります。ここは危険な地域なんですか」と奥さんに言うと、彼女はこう答えました。

「私、ここを知らないのよ。
話してみてそこのオーナーは良さそうな人だったわ。
でも、この町は知らないのよ。」

その奥さんはアイルランドにルーツをもつ白人の、いわゆる「ニューヨーク富裕層の奥サマ」です。彼女の家は、マンハッタンから車で一時間の美しい高級住宅街にありました。

そこでも私は心温まるもてなしを受け、教養があり親切な彼女との5日間の滞在はとても楽しく、文字通り有難い経験となりました。


しかし同時に忘れられないのが、車の中での「私、ここを知らないのよ」という言葉です。

緑あふれる郊外の高級住宅街に住む彼女にとって、ニューヨークのはずれの移民街は20年以上住んでいても「知らない」場所であり、かつ「危険な」場所です。

個人で話してみれば、そこに住む人も「理解可能な」相手であり「良さそうな人」というのが分かります。
しかし、基本的にそこは「知らない世界」であり、そのわからなさは同時に「危険さ」とも結びつくのです。

場所によってまるっきり世界が異なる、
そんな「人種・民族のサラダボウル」としてのアメリカの一端を垣間見た気がしました。


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Google の検索窓で”zip code determines(住所が決めるのは)___”と入力すると、予測結果には"life expectancy(平均寿命)"の先に
 "success(成功)"
 "health(健康)"
 "wealth(富)"
 "education(教育)"
 "future(未来)"
 "destiny(運命)"と続きます。

場所で区切られ、それが命と未来を決定づけ得る。それが、アメリカの大都市です。

そしてこの区切りは、明確にフェンスなどで線引きされているのではありません。「知らない」という感覚、
そしてそれをもたらす、人と人との接触の分断でもあるのです。

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