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最後の恋になればいい・17話

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いよいよ東京を発つ日がやってきた。発つと言ってもほんの数日で帰ってくるのだけれど、私にとっては人生の一大事と言ってもいいくらい、大きな出来事だ。
バスの運転手に乗車券を見せ、バスに乗り込む。席に着いてしばらくするといバスが発進して、私は窓の外を眺めながら、だんだんと近付いてくる地元の景色のせいか、あの頃がフラッシュバックしてくる。

あれは、ある日の大学の帰り道のことだったっけ。
自転車を押して、私と卓也がいちょうがたくさん落ちた大学構内の道を並んで歩いてた。
「そろそろ就活だね」
「だな」
「どの辺で就活するか決めてる?」
「俺は……地元出ようかなって」
「へえ。じゃあ私もそうしよっかな」
「え、芽生。地元残るって言ってたんじゃ」
「うーん。でも卓也がそう言うなら出てくのもありかなって」
今思えば何を思いあがっていたのだろう。勝手に卓也との未来を夢見て、穴があったら入りたいと言えばこのことだ。私が何も知らずに話す隣で卓也がどんな顔をしていたのか、あの頃は見えなかったのに、今になって鮮明に見えてくる。

極めつけは、あの飲み会。その日はサークルの飲み会で、私は女友達と楽しく飲んでて、そしたら随分酔っぱらった卓也の声が聞こえてきた。
「俺今フリーだから!」
「うそ~先輩彼女いるじゃん!」
一気に心臓が凍り付くような気がして振り向けば、べろべろになった卓也が女の子の後輩たちをはべらせている。
「え、彼女? あ~。いーのいーの」
へらへらと笑う卓也と対照的に、私の顔はピシッと固まって口角すら上げられなくなっていく。
「芽生……」
心配してくれている女友達の声にもうまくかえせずに、やっと絞り出した「私、帰るね」を言い残して、居酒屋を出た。
家に帰って、私はその日日付が変わる直前、「ばーか」とだけメッセージを送ったけれど、それについてのボールは返ってこないまま、テスト期間に入って、「テスト終わったら飲みに行こう」と言う卓也からのメッセージで、私の「ばーか」は流れていってしまった。そうして迎えたテスト明けの二人だけの飲み会が、あの何回も夢に見た、別れの日になってしまった。
今思えばいくつも、別れのサインは出ていたのにあの頃の私は気付こうとしていなかった。そりゃ、私は別れたくないんだから気付かないふりをして信じるしかなかったのかもしれないけれど、それにしたって、もう少し心の準備も出来ていれば今ここまで引きずっていなかったかもしれないのに。
もちろん直近の会話になった私の「ばーか」については私も何度も考えて、反省した。あれが原因だったのかも、色んなものが積もってあれが決定打になってしまったのかも、はたまた全く関係なかったのかも、今でもわからない。だけど今思うのは、私はああいう時、「ばーか」と言えないような関係性はやっぱり嫌だと言うことだ。
おかしいな。もっと昔の、卓也の方が私を好きな気持ちが大きかった頃は、ヤキモチを妬いたら喜んでいたのに、自分の気持ちの方が冷めてきたら、鬱陶しいと思うものに変わってしまうんだろうか。恋愛は、どちらかの気持ちが大きく膨らみ過ぎてしまったら、そこで終わってしまうんだろうか。
もう何年も経つ間に、思い出は擦り減って、美化されていく。ここ最近色々と当時を振り返って、卓也のことをただただ好きだった頃の自分には戻れないことにも気付いた。色んな疑問点や許せないことも浮かぶ。だけど確かにまだ残る熱もあって、そう言う勝手なところも好きだったのかもなんて思う自分もいるんだから手に負えない。
私と卓也は、お互いが嫌になったとか、どちらかが浮気したとか、そんなありふれた、別れの理由TOP3に入るような理由で別れるんじゃない、私たちの場合は特別なんだって、どこかで思っていたところもあるのかもしれない。こうやって改めて思い返せば、私たちが別れた理由だって、普通にありふれた、それこそ別れの理由TOP3に入るようなものだと言うのに。
『もし俺が今30歳とかなら、芽衣にプロポーズしてたかもしれない。だけど、俺たちはまだ21だ」』
別れの時の言葉が曖昧で、結婚の希望を何故か持たせるような言い回しもあって、まるで俺たちは特別な関係なんだと言わんばかりで、だからわからなくなってしまっていただけなのかもしれない。
「マスターなら、卓也みたいなフリ方しないんだろうなあ……」
どうしてそこでマスターが出てくるんだろう。自分でもそう思いながら、自然に漏れていたひとり言が恥ずかしくなって、私はマフラーに顔を埋めた。

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