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月と陽のあいだに

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「あの山の向こうに、父さまの国がある」 二つの国のはざまに生まれた少女、白玲。 新しい居場所と生きる意味を求めて、今、険しい山道へ向かう。 遠い昔、大陸の東の小国で、懸命に生き…
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#死別

月と陽のあいだに 218

月と陽のあいだに 218

落葉の章追憶(2)

 トカイに手渡された書き付けに目を落とすと、懐かしい文字が並んでいた。
 あの頃、ネイサンが一番熱心に進めていたのは、ルーン川の水運の自由化だった。議案の下書きには、至る所に細字の朱が入れられ、何度も何度も考え直したことがうかがえる。
「この子が大きくなる頃、この国がもっと豊かであるためにどうしたらいいか。この頃はそればかり考える」
 白玲のふっくらしたお腹に手を当てて、ネイ

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月と陽のあいだに 217

月と陽のあいだに 217

落葉の章追憶(1)

 夫の遺骨を抱いて邸へ戻った白玲は、床から起き上がれなくなった。
 流産の傷も癒えぬままに、冷たい仮墓所で寝食を忘れて過ごした時間が、白玲の体を蝕んだ。何より、深い後悔が白玲の心を切り裂いた。こんなつもりではなかったのに、と。

 白玲は心も体もボロボロのまま、薄暗い部屋の中で夜も昼もなく、眠るともなく横たわっていた。
 火葬場での出来事を知った皇帝は、白玲を片時も一人にしな

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月と陽のあいだに 215

月と陽のあいだに 215

流転の章慟哭(8)

 火葬台の周りを守る禁軍の兵士の目を避けて、明かりが届かない闇の中をぐるりと回る。天幕から見えないところまで来ると、白玲は炎に向かって全力で走った。
 あと少し、あと一足で愛しい人のところへ行ける。
 そう思った時、白玲の体は強い力で引き戻された。

「放しなさい、無礼者。私を放して。好きにさせて」
叫びながらもがく白玲を、力強い腕が抱え込む。顔を覆っていた薄絹が外れて、風に

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月と陽のあいだに 214

月と陽のあいだに 214

流転の章慟哭(7)

 葬儀の日、ネイサンの棺の中には、姫宮の小さな棺が入れられた。父君と一緒に、迷わず死者の国まで行けるように、と。
 月神殿の聖殿で行われた葬儀の最後、鎮魂の祈りが終わると、皇帝旗と禁軍旗の掛けられた棺は、親しい友人たちの手で葬送の馬車に乗せられた。

 月神殿から火葬の野へ向けて、葬列が長い橋を渡っていく。
 皇帝は月神殿の露台から葬列を見送った。夫に殉じることを願う白玲を、

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月と陽のあいだに 212

月と陽のあいだに 212

流転の章慟哭(6)

「赤ちゃんはどこにいるの?」
縋るようにしてたずねる白玲に、女官長は目を伏せた。
「殿下はオラフに襲われて破水してしまわれたのです。早産にしても、あまりに早すぎました」
白玲は息を詰めて、目を見開いた。
「医師はできる限りの手を尽くしましたが、赤さまをお助けすることができませんでした。赤さまは姫宮様でした。今は、お父様とご一緒に、月神殿で眠っておられます」

 グッと喉を鳴ら

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月と陽のあいだに 211

月と陽のあいだに 211

流転の章慟哭(5)

「……血溜まりの中に倒れた姫様を見た時、どうしてこんなことをしたのか、自分でもわからなくなりました」

 その直後、傍に控えていた近衛士官がオラフの頬を拳で殴りつけた。オラフの口から折れた歯と血があふれた。
「医学院で爆発を起こした男は誰だ」
 オラフはパクパクと喘ぐように口を開けた。

「サージさん……、姫様のことを教えてくれて……逃げる金も都合してくれました。高貴な方の間

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