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田中あき子
2023年8月20日 22:20
落葉の章追憶(2) トカイに手渡された書き付けに目を落とすと、懐かしい文字が並んでいた。 あの頃、ネイサンが一番熱心に進めていたのは、ルーン川の水運の自由化だった。議案の下書きには、至る所に細字の朱が入れられ、何度も何度も考え直したことがうかがえる。「この子が大きくなる頃、この国がもっと豊かであるためにどうしたらいいか。この頃はそればかり考える」 白玲のふっくらしたお腹に手を当てて、ネイ
2023年8月19日 22:47
落葉の章追憶(1) 夫の遺骨を抱いて邸へ戻った白玲は、床から起き上がれなくなった。 流産の傷も癒えぬままに、冷たい仮墓所で寝食を忘れて過ごした時間が、白玲の体を蝕んだ。何より、深い後悔が白玲の心を切り裂いた。こんなつもりではなかったのに、と。 白玲は心も体もボロボロのまま、薄暗い部屋の中で夜も昼もなく、眠るともなく横たわっていた。 火葬場での出来事を知った皇帝は、白玲を片時も一人にしな
2023年8月17日 23:04
流転の章慟哭(8) 火葬台の周りを守る禁軍の兵士の目を避けて、明かりが届かない闇の中をぐるりと回る。天幕から見えないところまで来ると、白玲は炎に向かって全力で走った。 あと少し、あと一足で愛しい人のところへ行ける。 そう思った時、白玲の体は強い力で引き戻された。「放しなさい、無礼者。私を放して。好きにさせて」叫びながらもがく白玲を、力強い腕が抱え込む。顔を覆っていた薄絹が外れて、風に
2023年8月16日 23:59
流転の章慟哭(7) 葬儀の日、ネイサンの棺の中には、姫宮の小さな棺が入れられた。父君と一緒に、迷わず死者の国まで行けるように、と。 月神殿の聖殿で行われた葬儀の最後、鎮魂の祈りが終わると、皇帝旗と禁軍旗の掛けられた棺は、親しい友人たちの手で葬送の馬車に乗せられた。 月神殿から火葬の野へ向けて、葬列が長い橋を渡っていく。 皇帝は月神殿の露台から葬列を見送った。夫に殉じることを願う白玲を、
2023年8月14日 23:47
流転の章慟哭(6)「赤ちゃんはどこにいるの?」縋るようにしてたずねる白玲に、女官長は目を伏せた。「殿下はオラフに襲われて破水してしまわれたのです。早産にしても、あまりに早すぎました」白玲は息を詰めて、目を見開いた。「医師はできる限りの手を尽くしましたが、赤さまをお助けすることができませんでした。赤さまは姫宮様でした。今は、お父様とご一緒に、月神殿で眠っておられます」 グッと喉を鳴ら
2023年8月13日 23:07
流転の章慟哭(5)「……血溜まりの中に倒れた姫様を見た時、どうしてこんなことをしたのか、自分でもわからなくなりました」 その直後、傍に控えていた近衛士官がオラフの頬を拳で殴りつけた。オラフの口から折れた歯と血があふれた。「医学院で爆発を起こした男は誰だ」 オラフはパクパクと喘ぐように口を開けた。「サージさん……、姫様のことを教えてくれて……逃げる金も都合してくれました。高貴な方の間