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月と陽のあいだに 215

流転の章

慟哭(8)

 火葬台の周りを守る禁軍の兵士の目を避けて、明かりが届かない闇の中をぐるりと回る。天幕から見えないところまで来ると、白玲は炎に向かって全力で走った。
 あと少し、あと一足で愛しい人のところへ行ける。
 そう思った時、白玲の体は強い力で引き戻された。

「放しなさい、無礼者。私を放して。好きにさせて」
叫びながらもがく白玲を、力強い腕が抱え込む。顔を覆っていた薄絹が外れて、風に飛ばされ、炎の中に舞い上がった。

 異変に気づいた人々が天幕から出てきて、二人を遠巻きに囲んだ。
 白玲を止めたのは、火葬台を守っていたナダルだった。
 ナダルは腕をほどいて白玲を放すと、腰の帯剣をスラリと抜いた。そして剣を白玲の手に握らせると、その刃を自分の首に当てた。

「どうしても死ぬとおっしゃるなら、その前に私をお斬りください」
人々は固唾を飲んで見守っている。
「殿下をこの国へお連れしたのは、私です。殿下が死を望まれるなら、今度こそ死者の国まで御身をお守りいたします」
 こうべを垂れたナダルを、白玲は黙って見下ろしている。やがて力なく剣を手放すと、抜き身の刃が炎を映し、輝きながら草の上に落ちた。
 白玲は両手で顔を覆って泣き崩れた。傍に来ていたシノンが、そっと抱きしめた。
「叔父様はあなたのことが心配で、死者の国へ行けない。愛しい人が虚空に彷徨ってもいいの?」
 シノンは、白玲の顔を覗き込み、畳み掛けるように言った。
「叔父様が守ってくださった命を無駄にすることは、私が許しません。あなたは、叔父様の分まで生きなければならないの。どんなに泣いてもいいけれど、死ぬことだけは許しません」
 白玲の肩を抱いて、シノンが天幕に向かって歩き出した。見守っていた人々もその後に続く。
 第二皇子のカナルハイだけが、人の群れから離れてナダルに歩み寄った。
「ありがとう」
そう言ってナダルの肩をたたくと、カナルハイも天幕へ戻る人々を追った。

 翌朝、激しく燃えていた炎は消えて、灰だけが残った。灰の中から拾い上げられた白い骨は壺に収められ、しばらくの間、湖畔の邸で安らぐことになった。
 白玲は、残された灰を小さな玻璃瓶に大切にしまうと、夫の遺骨とともに草原を後にした。

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