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月と陽のあいだに 214

流転の章

慟哭(7)

 葬儀の日、ネイサンの棺の中には、姫宮の小さな棺が入れられた。父君と一緒に、迷わず死者の国まで行けるように、と。
 月神殿の聖殿で行われた葬儀の最後、鎮魂の祈りが終わると、皇帝旗と禁軍旗の掛けられた棺は、親しい友人たちの手で葬送の馬車に乗せられた。

 月神殿から火葬の野へ向けて、葬列が長い橋を渡っていく。
 皇帝は月神殿の露台から葬列を見送った。夫に殉じることを願う白玲を、ただ見守るほか手立てがないのだった。
 ユイルハイの湖畔を、葬列はゆっくりと進む。やがてネイサン邸の前についた棺は、長く暮らした美しい邸に最後の別れを告げた。門前には、使用人たちが並んでいる。あの日、愛馬に鞭を当てて飛び出した邸に、二度と生きて帰れなくなるなど、誰一人考えたものはいなかった。
 初夏の日差しを受けた白い邸は、その輝きとは裏腹に深い悲しみに沈んでいた。

 葬列が到着した火葬の野には、薪を組んだ台ができていた。
 馬車から降ろされた棺は台の上にのせられ、その周りには薪が積まれた。大神官が最後の祈りを捧げ、香油が注がれると、正装した兵士たちが手にした松明で火をつけた。
 橙色の炎はあっという間に薪の山に燃え移り、灰色の煙が真っ直ぐに空へと立ち上った。やがて全てが灰になり、死者の魂が空へ帰るまで、人々は草原の一角に設けられた天幕の中で見守るのだ。
 天幕の外に置かれた椅子にもたれて、白玲は空へ吸い込まれていく煙を虚な目で見上げていた。

 やがて日が沈み、黒々とした夜の中で、葬送の炎は赤く燃え続けた。人々は火が消えるのを待ちながら、故人の思い出を語って夜を過ごす。長い葬儀に疲れた人々は、やがて天幕の中で仮眠をとり始めた。
 夜半、白玲はそっと天幕を抜け出した。見上げた空には満天の星が輝き、ネイサンを焼く煙がどこまでも高く上っていく。
 ルーン川を遡る船の甲板で見た空も、こんなふうに星が瞬いていた。あの日「私のところへおいで」と白玲を包み込んだ温かい胸は、もう戻ってこない。見上げた星がゆらゆら揺れて、涙の中へ消えていった。

 白玲は草の上に膝を抱えて座った。燃え続ける炎の中に、次々に景色が浮かび上がる。
 月蛾宮の叙位式で初めて出会った日のこと。月神殿の春の神事で交わした言葉。アラムの宴で手を引いてもらったこと。耳の奥にいつまでも響いている筝の音色。
 白玲は立ち上がると、長い喪服の裾を持ち上げて、天幕とは反対側の闇の中へと歩き出した。

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