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月と陽のあいだに 211

流転の章

慟哭(5)

「……血溜まりの中に倒れた姫様を見た時、どうしてこんなことをしたのか、自分でもわからなくなりました」

 その直後、傍に控えていた近衛士官がオラフの頬を拳で殴りつけた。オラフの口から折れた歯と血があふれた。
「医学院で爆発を起こした男は誰だ」
 オラフはパクパクと喘ぐように口を開けた。

「サージさん……、姫様のことを教えてくれて……逃げる金も都合してくれました。高貴な方の間者に雇われているって……」
 高貴な方とは? 問いただす将軍、オラフは首を振った。
「知りません。一度聞いたけど、俺たちは雇い主の素性を知らない方がいいいんだと言っていました」
 将軍は黙ったまま、射るような目でオラフを見ている。
「私がどこにいても……サージさんの方から私を見つけてくれました。そうして、姫様を襲う方法を教えてくれました」

 将軍が脅してもすかしても、オラフはそれ以上のことは言わなかった。おそらく本当に知らなかったのだろう。
 オラフが白状した人相風体を元に、逃げた男を探し出せという命令が近衛と禁軍に伝えられた。そして皇帝の影である『目と耳』も、男の後を追うように放たれた。

 白玲が目を覚ましたのは、襲撃翌日の夜中だった。
 常夜灯のぼんやりした光の中に手を伸ばすと、暖かな手がそれを掴んだ。
「お目覚めですか?」
 聞き慣れた声に目を開けると、女官長が白玲の指をそっと掴んでいた。
「殿下は?」
 掠れた声で尋ねる白玲に、「こちらにはいらしゃいません」と女官長が答えた。

「邸へお帰りになったの?」
 白玲が重ねて尋ねると、女官長はいいえ、と首を振った。
「殿下は月神殿で、姫宮様とご一緒にお眠りになっておられます」

 何を言われているのだろう。
 小首をかしげて一点を見つめていた白玲が、はっと自分のお腹を触った。そこには触れるはずの膨らみがなく、頼りなくペタリとした感触だけが手に残った。
「赤ちゃんは?」
 すがるような目をした白玲が、たずねた。
「赤ちゃんがいないわ。眠っている間に生まれてしまったの? どこにいるの?」

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