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月と陽のあいだに 212

流転の章

慟哭(6)

「赤ちゃんはどこにいるの?」
縋るようにしてたずねる白玲に、女官長は目を伏せた。
「殿下はオラフに襲われて破水してしまわれたのです。早産にしても、あまりに早すぎました」
白玲は息を詰めて、目を見開いた。
「医師はできる限りの手を尽くしましたが、赤さまをお助けすることができませんでした。赤さまは姫宮様でした。今は、お父様とご一緒に、月神殿で眠っておられます」

 グッと喉を鳴らした白玲は、自分の胸を抱えてうずくまった。つがいを失った獣さながら、唸るような声をあげた。大きな黒い瞳から、涙がとめどなく流れた。
 女官長は、激しく震える白玲の体を抱きしめて、何度も何度もその背をさすった。

 皇帝は、白玲が目覚めたと知らせを受けると、再び医学院へ向かった。
 白玲は医師の用意した薬湯を拒み、声も枯れ果て、ヒューヒューと喉を鳴らしながら涙を流し続けていた。
「目が覚めたか。体は痛むか?」
皇帝の声に、白玲はびくりと肩を震わせた。
「いいえ」
と微かな声で答えると、もぞもぞと体を動かした。女官長が止めるのも聞かず、やっとのことで起き上がると、皇帝の前に平伏した。

「わたしのせいで……わたしのせいで……」
 掠れた声でそれだけ言って、白玲は泣き崩れた。
「そなたのせいではない。悪いのはオラフだ」
皇帝が白玲の背を撫でた。
「もっと早くに見つけ出していれば、こんなことにはならなかったであろうに……」
いいえ、いいえと首を振って、白玲は泣いた。
「もう良いから、そなたは休め。今は、自分の体を大切にしなければ」
皇帝の言葉に、白玲は顔を上げ、その手に縋りついた。

「殿下に会わせてくださいませ……」
まだ無理だろうという皇帝に、白玲は頼み続けた。
「ならば、連れて行ってやるが良い。ネイサンも待っているであろう」
女官長に命じると、皇帝は立ち上がった。
「ネイサンに会ったら、また戻って休むのだぞ」
そう言い置いて、皇帝は病室を後にした。

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