自ブランドにとっての「インサイト」を見過ごさないためには?
「生活者インサイト」という言葉がマーケティング文脈で頻繁に使われるようになった今、生活者インサイトをとらえるためのポイント解説や事例をさまざまなところで見かけるようになりました。第1話で、生活者インサイトとは「生活者の行動に変化をもたらす可能性のある気づき」であると解説しましたが、「これは本当に生活者インサイトなのか?」「新たな気づきではないかもしれない」とモヤモヤした経験がある方もいらっしゃるかもしれません。私が日々お客様のマーケティングをお手伝いする中でも、こうした疑問を抱かれるシーンを見かけます。今回は「これってインサイトなのかな?とモヤモヤする正体」と「インサイトをとらえるために重要な事前準備」について解説していきます。
生活者インサイトであるかは見る人によって変わる!?
そもそもなぜ、「これってインサイトなのかな?」とモヤモヤするのでしょうか。それは、生活者インサイトであるかどうかは見る人によって変わるからです。それはどういうことなのか、2つの事例を使って解説していきます。
事例1:日本マクドナルド株式会社 ~お客様のホンネと建前をとらえた事例~
日本マクドナルドは2006年にサラダマックを発売しました。この商品は「低カロリーのメニューを食べたい」「ヘルシーなメニューを食べたい」というお客様の声をもとに開発されましたが、実際に発売してみると売上が伸びずに終売。その後に発売されたクォーターパウンダーやメガマックは、お客様から寄せられたヘルシー志向とは真逆の商品であるにもかかわらず大ヒットしました。
このエピソードは、消費者の声を鵜呑みにしてはいけないことを伝える事例としてよく紹介されます。これらの商品が大ヒットしたのは「分厚い食べ応えのあるハンバーガーを見せられると、思わずかぶりつきたくなる」「体に悪いとは思いつつも、お店の近くを通るとついハンバーガーを食べたくなる」といった生活者インサイトがとらえられていたからではないか、と考えられています。
事例2:日清食品株式会社 ~総菜カテゴリとしての「当たり前」が即席麺カテゴリの“インサイト”になった事例~
日清食品は2017年にお椀で食べるシリーズを発売しました。日経クロストレンドの『カップヌードルをなぜお椀で? 「罪悪感」に商機あり(2017年10月掲載)』によると、この商品は「少量パックの総菜を食卓に出すとき、小鉢や小皿に移し替える」という生活者の声(出来合いのお惣菜を食卓に出すことの罪悪感を払拭)をヒントに開発されたそうです。推測ではありますが、「お椀で出せば、即席麺であっても罪悪感を緩和できる、おかずっぽくなる」という生活者インサイトをとらえたのではないかと思います。
繰り返しになりますが、生活者インサイトとは「生活者の行動に変化をもたらす可能性のある気づき」です。この「気づき」は世の中全体においての新しい気づき・発見だけを指すわけではありません。他のカテゴリやブランドにおいては当たり前の事実であったとしても、自社のカテゴリやブランドにおいて新しい気づき・発見であれば、それは「生活者の行動に変化をもたらす可能性のある気づき」になります。
お椀で食べるシリーズの例であれば、買ってきた総菜を自宅の食器に移し替えることで罪悪感を払拭できるというのは、他の食品業界の方にとっては当たり前のことかもしれません。しかし、主に即席麺を扱う日清食品の方にとっては「気づいていなかった」もしくは「気にも留めていなかった」ことで、生活者の行動に変化をもたらす=生活者に欲しい・買いたいと思われる可能性のある気づきになったのだと思います。
つまり、見る人によって生活者インサイトであるかどうかは変わり、このことが「これはインサイトなのかな?」「新たな気づきではないかもしれない」というモヤモヤを抱く原因です。これを理解すると、インサイトのとらえ方を紹介した記事や書籍で「特定のカテゴリやブランドだけでなく、人を見るように」と言われることも腑に落ちるのではないでしょうか。
「気づき」に気づく確度を高めるためにできることとは?
自社のカテゴリやブランドにおいて新しい気づき・発見であれば、生活者の行動に変化をもたらす可能性のある気づきになると前述しましたが、マーケターは各カテゴリのプロだからこそ、先入観というバイアスの罠にはまってしまうこともあります。
先ほどの例も、
・スーパーやデパ地下で買う総菜に限った話
・即席麺はスーパーやデパ地下で買う総菜以上に罪悪感があり、食器だけで罪悪感は払拭できない
・麺類は主食だから副菜とは位置づけが異なる
などと決めつけていたとしたら、単なる発言の1つで終了していたかもしれません。
では、どうしたら「気づき」に気づく確度を高められるか?
私は、生活者インサイトをとらえるという行為は探索的だからこそ事前準備、特に仮説を立て言語化することが重要と考えています。仮説を立て言語化することで、
・相手と自分の「言葉の使い方」の違いや違和感
・相手と自分の「行動」の違いや違和感
などに直感的に気づきやすくなります。
この違いや違和感が「なぜ小鉢や小皿に移し替えるのだろう?」「同じ総菜であっても小鉢や小皿に移し替えない日もあるのだろうか?」「小鉢や小皿に移し替える日と移し替えない日の違いはなんだろう?」という新たな問いを生み、生活者インサイトをとらえる助けとなります。
なお、生活者インサイトをとらえたいシーンで立てる仮説は検証が目的ではありません。アンテナを張り、違和感に気づくためのものなので、仮説に固執しないように気を付けましょう。(詳細は次回お伝えします)
どうやって仮説を立てるのか?
上のイラストのように、「どうすると生活者の行動に変化をもたらすことができるのか」「生活者が現在の行動を選択しているのはどうしてか」を、実際の人の考え方や行動に落とし込んで仮説を立てます。アンテナを張り巡らせるためには、この仮説を1つや2つ出して満足するのではなく、できるだけ多く、さまざまな角度・方向性で出すことが有効です。
仮説の出し方に決まりはないですが、例えば以下の情報が仮説を出す際の参考になります。
仕事をしていると自分自身が一消費者であることを忘れがちですが、自分自身の生活を振り返ってみることも仮説出しには十分有効です。仮説は「仮説」でしかないので間違っていても問題はありません。集合知や人生経験もフル活用して考えられうる仮説をできるだけ言語化してみてください。
生活者インサイトをとらえるためのポイント・注意点
1:生活者インサイトであるかは見る人によって変わる
生活者インサイトとは「生活者の行動に変化をもたらす可能性のある気づき」であり、この「気づき」には
・世の中全体においての新しい気づき・発見
・他のカテゴリやブランドにおいては当たり前の事実だが、自社のカテゴリやブランドにおいては新しい気づき・発見
が含まれます。そのため、あるカテゴリ担当者にとっては生活者インサイト(生活者の行動に変化をもたらす可能性のある気づき)であることが、別のカテゴリ担当者にとってはインサイトではない場合があります。
2:「気づき」に気づくためには事前準備が重要
生活者インサイトをとらえるためには「気づき」に気づくことが重要です。「気づき」に気づく確度を高めるためには事前に仮説を立て言語化することが有効で、そうすることによって直感的に違和感に気づきやすくなります。違和感=生活者インサイトではないですが、違和感が新たな問いを生み、生活者インサイトをとらえる助けとなります。
3:仮説を立てることは重要だが、仮説に固執しない
生活者インサイトをとらえたいシーンで立てる仮説は、アンテナを張り、違和感に気づくためのものです。仮説に固執しないように気を付けましょう。
今回は、「これってインサイトなのかな?とモヤモヤする正体」と「インサイトをとらえるために重要な事前準備のポイント」について解説しました。
次回は仮説を出した後の工程におけるポイント・注意点についてご紹介します。ぜひ次回もご覧いただけると嬉しいです!
なお、今回の記事をお読みになって、生活者インサイトについて相談したい、話を聞いてみたいという方がいらっしゃったら、こちらからお気軽にお問い合わせください。
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