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連載スタート!生活者インサイト 基本の「キ」【第1話】「インサイト」という言葉の注意点

売れる製品・サービスを生み出すためには、生活者の「インサイト」をとらえることがとても重要です。マクロミルは、リサーチを通じて日々そのお手伝いをしていますが、お客様であるマーケターの皆さんからインサイトに対する“モヤモヤ”を多くご相談いただきます。この連載では、その“モヤモヤ”を解消できるよう、生活者インサイトをとらえる際のポイントについてできるだけ分かりやすく解説していきたいと思います!
 
第1回の今回は「インサイト」という言葉の定義について解説します。


こんにちは、マーケティングリサーチャーの近藤奈津美です。
私は飲料・食品業界を中心としたクライアントの、リサーチの企画や設計・分析を行ってきました。リサーチ現場でマーケターの皆さんが抱く生活者「インサイト」にまつわるお悩みについて、自身の経験や知見が少しでもお力になれたらという想いで、今回、当連載を始めることにしました。

インサイトという言葉への混乱、その原因とは?

さて、そもそも「インサイト」とは何なのでしょうか。

日本におけるインサイトの先駆者、桶谷功氏による著書、その名も『インサイト』では、こんな予言がされていました。
 
“そのうち、「ターゲット」や「コンセプト」と同じようにだれもが普通に使う言葉になるかもしれない”
 
その予言の通り、インサイトという言葉はマーケティング文脈で今や頻繁に使われるようになっています。しかし、分かったようで分からない…と感じている方も多いのではないでしょうか。「インサイト」という言葉の定義を確認してみましょう。
 
インサイトという言葉への混乱には、以下の2つの原因が考えられます。

1】インサイトという言葉には、実は2つの使い方があるが、そのこと自体を知らない
【2】マーケティング文脈におけるインサイトという言葉の定義が曖昧なため、新たな定義に出会うとこれまでの理解がリセットされてしまう

インサイトという言葉、実は2つの使い方がある

インサイトは直訳すると「洞察・物事の本質を見抜くこと」という意味ですが、マーケティング文脈で使われる場合は「アカウント・プランニング領域から生まれたインサイト」と「リサーチ領域から生まれたインサイト」の2つが存在します。そして、この2つは極めて近いシーンや仕事を共にするような近い集団の中で使われているため、私たちはインサイトという言葉の理解に苦しむように思います。まずは、この2つの違いについて確認していきます。

1:アカウント・プランニング領域から生まれたインサイト
マーケティング文脈でインサイトという言葉を初めて使ったのは、イギリスの広告業界です。心に訴えかけるような広告表現のアイデアを得るために注目されるようになりました。当時のイギリスは生活者ニーズや好みが多様化していました。それに対応するべく、機能価値・情緒価値で差別化しようとするも、最終的には価格競争に陥ってしまう状況が続いていました。そこで、その状況を抜け出す方法として登場したのが、広告に生活者の価値観や心理を積極的に反映させる考え方であるアカウント・プランニングと、それを行うアカウント・プランナーです。当時のアカウント・プランナーの役割は、生活者の立場で物事を見て、生活者の行動に変化をもたらす本質的な共通点を発見し、クリエイティブスタッフに伝えることでした。つまり、「生活者の行動に変化をもたらす本質的な共通点」こそが、アカウント・プランニング領域におけるインサイトであり、この記事を読んでくださっている多くの方がイメージするインサイトもおそらくこちらです。

2:マーケティングリサーチ領域から生まれたインサイト
マーケティングリサーチの専門家で構成されるグローバル組織ESOMAR(エソマ)は、2020年にリサーチ業界の業界定義を「インサイト産業」へと変更しました。その業界定義にもある通り、さまざまなデータを収集・分析し、意思決定を支援する発見をインサイトと呼ぶこともあります。

アカウント・プランニング領域から生まれたインサイトは生活者の行動に変化をもたらす可能性のある気づきであるのに対し、リサーチ領域から生まれたインサイトはビジネスの現場で意思決定を支援する気づきを指します

インサイトという言葉の定義の曖昧さ

インサイトについては、さまざまな書籍・セミナーで解説されていますが、その多くはアカウント・プランニング領域から生まれたインサイトについての解説です。ただ、そこまでは絞れても、その定義は企業・人によってさまざまであり、新しい定義を見聞きすると、またインサイトという言葉が分からなくなるのかもしれません。
 
インサイトという言葉の定義の一例が以下です。

インサイトとは、ひと言でいえば消費者の「ホンネ」。それは、消費者に購買行動を起こさせる「心のホット・ボタン」だ。ここを押されると、消費者は思わず行動を起こす。場合によっては、習慣さえも変える。

桶谷功, 2005, 『インサイト』(ダイヤモンド社)

インサイトとは、「人を動かす隠れた心理」のことです。これが分かれば、見えてこなかった「欲しい」が理解できるようになります。

大松孝弘・波田浩之, 2017,『「欲しい」の本質 人を動かす隠れた心理「インサイト」の見つけ方』(ダイヤモンド社)

インサイトとは 1) データでは見えてこない真実、2)心の奥深くに存在する自覚のない感情やニーズ、3)ビジネスを成長させる可能性を秘めるもの。

P&Gジャパン 当時社長 桐山一憲,
日本マーケティング・リサーチ協会主催 2010年カンファレンス 基調講演

インサイトという言葉を使う際のポイント・注意点

インサイトという言葉が分かりにくい原因は、マーケティング文脈での2つの使い方とその定義の多様性にあると考えています。インサイトという言葉を正しく理解してもインサイトをとらえられるわけではないのですが、まずは言葉の”モヤモヤ”を解消するために、以下のポイントを意識・注意するとよいでしょう。

1:文脈を理解する
マーケティング文脈で使われるインサイトには「アカウント・プランニング領域から生まれたインサイト」と「リサーチ領域から生まれたインサイト」の2つがあります。この2つは極めて近いシーン・集団で使われる一方で、それぞれ異なる側面が強調されています。2つの使い方の存在を知り、文脈を理解することで、適切な解釈ができます。
 
2:自らの定義を明確にする
インサイトは企業や人によって定義が異なります。「書籍やセミナーで使われている定義」「新たに定義する」のいずれでも問題はないですが、自ら(特に所属組織)がどのように定義し、使うかは明確にするとよいでしょう。ちなみに私が所属するチームは「インサイト=生活者の意識や行動に変化をもたらす“ひらめき”を事業者に与えてくれるもの」と定義していますが、その理由については次回以降にご紹介します。
 
3:別の言葉に置き換えてみる
インサイトという言葉は非常に便利で、私も無意識に「インサイト」と発してしまいハッとすることがありますが、便利だと感じてしまうのは、置き換わる言葉が思いつかない場合でも考えずに話せてしまうからかもしれません。インサイトという言葉を使いたくなった時には意識的に別の言葉、例えば「ホンネ」「態度変容を促すポイント」などに置き換える努力をすることで、自身も周囲もより具体的な理解が進むかもしれません。
 
今回は、生活者インサイトをとらえるポイントを知る前の段階、そもそもの「インサイト」という言葉について解説しました。
 
当連載、次回以降は「気づきを得るために必要なこと」「気づきからアイデアへのつなげ方」「生活者を理解するとはどういうことか」など、より実践に近づいたポイントについてご紹介していきます。
ぜひ次回以降もご覧いただけると嬉しいです!

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[参考文献]
・桶谷功, 2005, 『インサイト』(ダイヤモンド社)
・大松孝弘・波田浩之, 2017,『「欲しい」の本質 人を動かす隠れた心理「インサイト」の見つけ方』(ダイヤモンド社)
・Jon Steel, 2000,『アカウント・プランニングが広告を変える―消費者をめぐる嘘と真実』(ダイヤモンド社)
・一ノ瀬裕幸, 「Global Market Research 2020レポート:第2回新たな領域定義の詳細と期待される「方向転換」」 (一般社団法人日本マーケティング・リサーチ協会)
・萩原雅之, 「リサーチ業界再編!「インサイト産業」のビジネスインパクト」(マクロミル公式note)


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