古典芸人とネット芸人の諸相による類似性

皆さんはご存知でしょうか、

年配の方はご存知の方は多いと思いますが、

若年者の方はむしろ逆のイメージかもしれません。

そもそも「芸人」という言葉にどんなイメージを持っていますか。

ここで私が言う「芸人」とは古典的意味においては、

「芸能」「芸術」「工芸」などの事を生業としている人の事、

それを指して「芸人」と言っています。

そもそも日本では「芸人」とは軽蔑され卑下する仕事だったわけです。

それは伝統芸能や伝統工芸と言われているものも例外ではありません。

いまでは尊敬され権威さえ与えられるものとなっていますが、

そもそもは軽蔑され卑下し、差別的な扱いを受けていたのです。

なので、そもそも「芸人」になる人たちは一般庶民では無く。

ある意味昔の差別対象者や差別階層の人々が担っていました。

それは村八分になった人間や、犯罪を犯したものなど、

一般社会では馴染めなかった人々が「芸人」となったのです。

「日本」において「芸人」のルーツとはこのように、

一般庶民として適正が無く社会に馴染めなかった人々だったわけです。

では話を現代に向けてみましょう。

僕は長い年月に渡り、

「インターネット」を「フィールドワーク」しています。

そこではインターネットで有名に、

有名人となる人々が多数生まれています。

例えば簡単に分類してみますと、

言語表現としての「ブログ」

映像表現としての「ユーチューブ」

造形表現としての「ピクシブ」

キャラクター表現としての「ツイキャス」

様々な表現方法、それぞれの表現ジャンルで有名人が生まれいてます。

しかし彼らは、その「知名度」や「影響力」とは裏腹に。

所謂「ディス」「アンチ」「誹謗中傷」を大量に受けています。

彼らは一般社会からいえば、「社会不適合者」だからです。

「フリーター」、「ニート」、「引きこもり」、「オタク」、「精神病」

彼らは一般社会では馴染めず、インターネットという場所で、

ある種様々な表現を通して自らの居場所を確保した、

また確保しようとしている人間たちなのです。

ではこの様な文脈から何が読み取れるでしょうか、

今皆さんが憧れ夢見ている対象、

それは「アイドル」や「芸能人」、はたまた「芸術家」。

それらのルーツは先にも記載した様に、

社会に馴染めない人間達、

元々は差別対象者や差別階層の人間だったわけです。

では現代においてのインターネットの状況を、

そこに観ることはできないでしょうか。

まさに今インターネットで有名人として活動している人間は、

「フリーター」、「ニート」、「引きこもり」、「オタク」、「精神病」

いわゆる一般社会から差別されている人間達です。

これはまさに「芸人」のルーツ「古典芸人」の様相と同じなのです。

すなわちいま「インターネット」で「有名人」になった人間は、

「古典芸人」と同じ構造だという事です。

現代において憧れ尊敬されている「古典芸人」達と、

現代において、差別され軽蔑され卑下している「ネットの有名人」、

いえば「ネット芸人」達はその原理からすれば同じであるのです。

あとどれくらい先になるかわかりませんが、

近い未来にはかれら「ネット芸人」たちは、

ネットがもっと成熟され、

「現実世界」と「仮想世界」がバインディングされ、

「情報世界」がある意味優位性を獲得し市民権を得た頃に。

今とは真逆の評価を得ている事を確信しています。

それは「古典芸人」達がそうであったように。

「ネット芸人」は、

いつしか「憧れ」「尊敬」「夢」「権威」。

そのような対象になっているでしょう。

美学者母

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