「犬との別れ」
首を落とした犬の 赤犬の肉を
男が売って回っている
トミオが飼っていた犬
あの犬に違いない
トミオは満州から引き揚げ
父の故郷の福岡でなく 山口へ
ソ連が攻め入った満州四平で 匿った一人の日本兵を引き揚げ後に頼り 山口の田舎へ来た
一家5人を歓迎してくれるお人よしなど
その時代には存在せず
両親と 姉弟とともに
トミオは母の故郷北海道に渡った
結局そこにも父母の働き口は見つからず
再び列島を南下
どうにかこうにか 炭鉱が活気づいた
福岡直方に落ち着いた
進んだ中学では 引揚者だ
と 学年を一つ下げられ一年遅れで入学
陰で
引揚者と口をきくな と言われていた
弟と一緒に 食を削って
飼い育てていた犬 赤犬が消えた
近くの男たちが
野犬狩りをしていた
犬をさらい 身代金のようにして
金を得ていたという
連中にさらわれて
犬が消えた―
たとえ犬がいたとして
買い戻す金はない
今 首を落とされ
皮をはがれ 身だけ 肉塊になって売られる
トミオは 長年
誰にもそんな話はできなかった
あれから70年以上がたつ
まぶたの裏に ボタ山の夕日と犬が浮かぶ
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