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「言葉のサラダはいらない」

詩人宣言XLVIII


ぼくは若き詩人である
詩を書きだして2年…3年目に入った

ぼくは若き詩人である
誰も 詩人たる「ぼくの存在」など
知らぬだろう
関心 共感も
ゼロとは言わぬが 少ない

ぼくは若き詩人である
不勉強な男である
古今東西 詩人の「名詩」を読み
自分でそれを読み解き
詩作の滋養とすべき
――なのかもしれぬが
生来の怠けもの
「若き」といっても
還暦をとうに越え
シルバー世代 シニアまっしぐら

何ができるのだ
何がしたいのか

ぼくは若き詩人である
名詩を読まねば
文学を学ばねば
ビギナーの域でしかないぼくは
そう言いつける 自分に
だが しかし

「文学理論的・批評的なものはできるだけ読まないようになさってください。
――そうしたものは生命のない硬化したものの中で石化し、無感覚になった偏った見方であったり、あるいは今日はこの意見が、明日は逆の意見が優勢になる小器用な言葉遊びにすぎません。芸術作品とは無限に孤独なものであり、批評ほどそこに達することができないものはありません――」※

なるほど
そう そうなのだ
石化した偏った見方など
捨てておけ
詩誌に載る 並ぶ
言葉のサラダから
何を学ぶ 何を思うのか

そこに何もぼくは感じない

サラダがお好きなら
みなさま お楽しみください

ぼくは若き詩人である
今芽吹き
これから成長して花を咲かせる
若き詩人である

※「若き詩人への手紙」(ライナー・マリア・リルケ)より
リルケ像FREDERIC REVERTE画

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