香港の美しいノスタルジーを味わう|『七人樂隊』
今月はとっても楽しみにしていた『七人樂隊』を観に行きました。香港映画界を牽引してきた7人の監督がフィルムで撮ったオムニバス作品。なんと豪華なんだろう。
韓国や台湾、タイや中国などアジア映画が好きです。今年はウォン・カーウァイ4K特集上映が盛り上がっていますが、タイや台湾のホラー映画が話題になったり、昨年はトニー・レオンがマーベル作品『シャン・チー/テン・リングスの伝説』に出演したりと、ずっとわくわくが続いています。
そんな中、本作は香港映画というジャンルを俯瞰して観るような贅沢な作品で、上映中はもうひたすら楽しい時間でした。
美しいノスタルジーは芸術だ
1950年〜未来まで様々な時代の香港がテーマになっており、テイストの違う作品が楽しめるが嬉しい。誰がどの時代を担当するのかは、なんとくじ引きで決めたそうで、監督たちも楽しんでいたのかなと思うと可愛い。
1本目。サモ・ハン監督の『稽古』では、カンフーの稽古に勤しんだ監督自身の子ども時代を描く自伝的エピソードです。仲間との過酷な稽古をこなす中で、起こってしまった「ある出来事」。過酷な稽古ではあるが、軽やかな音楽と躍動感あるカメラワークがなんとも青春を感じる。そしてラストカットで監督自身が映った瞬間、心の中にさっと心地よい風が吹いたような、爽やかな気持ちにもさせてくれる、素晴らしい作品です。
アン・ホイ監督の『校長先生』は、今回の7作品の中でも見事な短編だったと思います。1960年代の小学校での風景と、時を経て2001年代になり、中年になって集まる同窓会という時代の違いを鮮やかに切り取る。
60年代の香港をわたしは知らないけれど、画面いっぱいに映るノスタルジーがもはや香るような感覚で、それを楽しみにながらも、この光景・この時代は二度と無いと思うと少し切ない気持ちにもなるのでした。
『校長先生』に登場するごはん
先生たちが集まって、まかないのようにみんなで昼食を食べるシーンがあるのですが、パンフレットの中でエッセイストの野村麻里さんが腐乳で食べるごはんについて記載されていました。腐乳とは豆腐に麹をつけ、塩水中で発酵させたもの。(調味料である腐乳を昔はおかずとしてそのまま食べたそうです)
また生徒たちに慕われる女性教師が、夜に屋台の店番をする生徒に会い、デザート(糖水)をいただくシーンがあります。
「卵を入れたよ」と生徒が言っていて、糖水には卵が入るのかぁと初めて知りました。香港ではスイーツの中に卵が入るのはオーソドックスなスタイルのようですね。食べてみたいです。
3本目のパトリック・タム監督『別れの夜』は、移住を控えた若い恋人たちの別れを描いた作品で、最初の2作品と大きくテイストが違うノスタルジーなので少し驚いた。パンフレットに掲載されている写真を見ると、圧倒的にこの作品の画は美しく、またいろんな人の解説を見て「なるほど」と思うところも多かったです。こういう風に後から作品の深みが分かるのも、映画の楽しいところですね。
うって変わってユエン・ウーピン監督『回帰』は、カンフー好きな祖父と、香港を離れて暮らす孫が、一時的に送る共同生活をユーモラスに描いた作品でとても可愛い。
『回帰』に登場するごはん
魚や野菜など手料理を作るも、ハンバーガーや即席麺が大好きな孫は不満顔。きちんと食べろと注意するも、おじいちゃんもいつの間にかハンバーガーや即席麺を食べているシーンが映り、孫に影響されてる感じがなんかいい。
腸粉(ちょうふん/米粉を原材料にした広東式点心)や砵仔糕(プッチャイコー/香港のプディングケーキ)など、画面には映らないけれど香港ならではの食もセリフで出てきました。
そしてわたしが一番楽しみにしていたジョニー・トー監督『ぼろ儲け』は、やはりとても面白かった!香港の飲食店を舞台に、大儲けを夢見る一般市民が株価に右往左往する姿を描く本作は、監督にしては珍しい会話劇のみのシチュエーション。
SARSや株価の暴落など、香港だけではなく世界中を混乱させたあの時代が今日の世界情勢に重なって見える。(現代の方がより混沌としているかもしれないけれど)
『ぼろ儲け』に登場するごはん
定点観測のように同じ飲食店を舞台にしており、時間の流れとともに周りの状況が変わっていく様が面白い。カレー、ビーフン、豆腐牛飯などが登場。
本作が遺作となったリンゴ・ラム監督の『道に迷う』は、移り変わる香港を明確に捉えようとする意思を強く感じた作品でした。
香港のようなスピードではないですが、久しぶりに帰省して地元が再開発で全く変わっていた時の気持ちは、まさに「迷子」という言葉がぴったりかもしれません。ジョニー・トー作品常連の強面なサイモン・ヤムが、頼りなげなお父さんを演じているのも、なんかいい。
わたしは「変わりゆく街を映画で残そうとする作品」が好きなのですが、本作も切なくもあり、その変化を受け入れる寛大さもあり、心にじんわりくる一本でした。
最後はいい意味で問題作な、ツイ・ハ―ク監督『深い会話』。ある精神科病棟を舞台に、医師と患者の会話劇を描く。今までの作品がノスタルジーな過去の香港を描いたのに対して、本作は何が起こるか分からない「未来」がテーマになっています。
セリフの中で、アン・ホイやジョニー・トー、マギー・チャンの名前が飛び出し、最後にはツイ・ハ―ク監督とアン・ホイ監督が画面にも登場するという、香港映画ファンなら笑ってしまうような一本。
香港の街並みや歴史ではなく、香港映画界を残そうとしたのでしょうか。このクールな悪ふざけで幕を閉じる感じ、個人的にすごく楽しめました。
本作で描かれている香港はおそらくもう存在しないのだけど、こうして映画で出会えるというのが最大のノスタルジーのような気もします。
そういえば、サモ・ハン監督の『稽古』では本編自体に食事シーンは登場しないのですが、パンフレットで監督が「あなたにとって香港とは?」という質問に対して、香港の食事について熱く語っていて面白かったです。
ワンタン麺とチャーシュー飯。
このふたつは、どこと比べても香港が一番だそうです。
そういえば先日、劇場でウォン・カーウァイ『恋する惑星』を観ましたが、トニー・レオンがチャーシュー飯を食べていた気がします。
都内で香港料理を食べるなら
飯田橋、吉祥寺、赤坂に店舗がある「香港 贊記茶餐廳」(ホンコン チャンキーチャチャンテン)がお気に入りです。香港の茶餐廳を再現したお店で、雑誌などでも多く取り上げられており、飯田橋が本店になります。
海老ワンタン麺は、海老がプリプリで本当に美味しい!細麺でもボリューミーでしっかり満腹感を得られます。ビーフンも美味しかった。
メロンパンに似たパンに卵やハムなどをサンドして食べる菠蘿包(ポーローパオ)は毎回テイクアウトしています。甘じょっぱいパンが最高!ドリンクも豊富で、香港ミルクティーもあります。エッグタルトもテイクアウト可能!
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