街のはなし

「街のなかで好きな場所はどこですか?」街への想いを集めたエッセイ集。場所はたまプラーザ。でもきっと皆さんの故郷の思い出を重ねることもできると思います。語り手の名前のかわりに、緯度経度の座標を使い、どの場所への想いも等しく尊く、この街の歴史を形づくっていることを表現しています。

街のはなし

「街のなかで好きな場所はどこですか?」街への想いを集めたエッセイ集。場所はたまプラーザ。でもきっと皆さんの故郷の思い出を重ねることもできると思います。語り手の名前のかわりに、緯度経度の座標を使い、どの場所への想いも等しく尊く、この街の歴史を形づくっていることを表現しています。

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    • 街のはなし6号

    • 街のはなし5号 2018

    • 街のはなし 1号 2014

      住民の声で綴る、どこにもな街の歴史本、町史を作る10年計画の冊子形式アートプロジェクト。毎年園児から80代までの多世代にわたる住民11名の、街のなかでいちばん好きな場所を語っていただいています。記念すべき第1号、2014年発刊。

    • 街のはなし 2号 2015

      住民の声で綴る、どこにもな街の歴史本、町史を作る10年計画の冊子形式アートプロジェクト。毎年園児から80代までの多世代にわたる住民11名の、街のなかでいちばん好きな場所を語っていただいています。2号2015年発刊。実物の冊子をご希望のかたはご連絡ください。

    • 街のはなし 4号 2017

      住民の声で綴る、どこにもな街の歴史本、町史を作る10年計画の冊子形式アートプロジェクト。毎年園児から80代までの多世代にわたる住民11名の、街のなかでいちばん好きな場所を語っていただいています。4号2017年発刊。実物の冊子をご希望のかたはご連絡ください。180円(送料のみ)でお送りします!

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    朝9時から夜8時までのウクレレ教室です。

    たまプラーザ、ずっとご縁をいただく街で、ウクレレ教室を始めて5月で8周年を迎えました。 一番最初のたまプラーザとのご縁は夏祭りです。まだ20代のころ、夏祭りの日に「シルバーウィングス」っていうライブバーで演奏をしていたハワイのミュージシャンに飛び込み演奏に誘ってもらって、気に入ってもらったんです。それからシルバーウィングスで定期的に演奏させていただいてっていうのがスタートでした。その流れで自然とウクレレと出会うことになったんです。 僕は音楽大学でジャズギターを専攻していた

      • ちょっと遠いけど、自転車で行けるぐらいの範囲だったので、みんなしてそこに行ってなぜか卓球をやる。楽しかったなー。

        引っ越してきたのは、ぎり1970年代の終わりごろ、小学校6年の夏休みでした。僕が高校入学したのが1981(昭和56年)年だから、77年かな。そうね、この街ができてまだ半世紀ぐらいなので、街ができてから10年ちょいぐらいっていうタイミングだと思うんですよね。だから何もなかったですよ、本当に。東急もなくて、あそこは更地で盆踊り会場で、みたいな。ヨーカドーと生協はあったけど、あと何もないっていう。越してきたとき、本当にローカルな感じで、すごいなと思った。 地元歴で言うともう40年

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        • 子どもたちが通いたい学校って何なのかなって考えたときに、学校での成功経験。これができたよとか、先生に褒められたとか、友だちにありがとうを言われたとか、そういった経験をたくさん積ませることが大事だなと思っています。

          今、美しが丘小学校の校長の3年目です。ここへは2017(平成29)年の9月、副校長として来ました。 やっぱり、街全体が一望できるこの学校の校門を出てすぐの百段階段の上が一番好きですね。高台にあるんで、団地の方を見ると、春は青葉、夏は深い緑、秋は紅葉、冬にはね、冬らしい何か空気が張り詰めたような凛とした景色が見れます。特に秋が素晴らしいですね。団地の木々の紅葉がほんっとにきれいですよ。 職員と保護者と共有している学校の方針は、子どもたちが通いたい学校、保護者が通わせたい学校

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          • まず、近くにいる大事な人を大切にする。

            たまプラには、私の11歳の誕生日に引っ越してまいりました。それから、私は途中出たり入ったりしていますが、実家はずっとここにあります。18年ぐらい前から、両親と兄の家族と3家族10人で同居を始めました。みんなそれぞれ個性豊かですし、かなり遠慮なくぶつかり合う感じですが、子どもを育てるときに、親だけじゃない大人がいる家庭で育てるってすごく大事だなっていうのをつくづく感じました。そんな家族って、私にとっては生きるエネルギー、活動する力の源って感じでしょうかね。居場所作りとか、自分の

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            主人の両親の家がこのたまプラーザで建った第一軒目の家なんですよ。

            主人の両親の家がこのたまプラーザで建った第一軒目の家なんですよ。土地が決まってすぐ写真を撮り始めたのが1966(昭和41)年らしくて貴重な写真が残ってるんです。 66年から67年に家を建てて、そのころは荒野の中の一軒家で東名の川崎インターからうちの灯りが見えたそうです。家の真ん前が工事の材木置場で、団地を造るための作業場になっていて、昼間は母一人ですよね、工事をするおじさんたちがいっぱいいたのがちょっと怖かったって言ってましたね。火を燃やしたまま帰っちゃうこともあったそうで

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            生活を豊かに幸せにするようないいこと

            記録、いつの間にかなんか記録をたくさんしてますね。20歳ぐらいのときから音楽を作る仕事をしていて、そのころは竹下総理が地方創生基金とかいって1億円を各地方に渡していっぱいハコモノができてね、そこに展示する映像とかが作られて、そうすると必ずそこに音楽が必要になるので、それをアルバイトでずっと作っていましたね。22歳ぐらいからかな。 たくさん作りましたね、いっぱいあったんですよ、新潟博だとかさ、松本(長野県)でもそんなのがあったし、ある地域は水産試験場の中に見学施設を作ったりと

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            丘に上るたんびに義母のことを思い出しますね。

            場所の名前がわからなくて、最近調べたんです。「花桃の丘」っていうんですね。名前の通り、桃の花の季節は格別にきれいで、私にとってはジョギングコースっていうか、散歩コースっていうか、週に1回は行ってます。義母が存命のころは、2人でよく訪れていました。 義母は、その丘の下に8年ほど住んでいたんです。戦後すぐに渡米した義父とともに、アメリカに四半世紀以上住んでいて、義父の死後、実家がある新潟に戻っていたんですね。高齢になって入院することも増えて、「何かあってもすぐには飛んでいけない

            ああ、こんな鮮やかな景色が見れるんだ、って。もうずっと見てました。

            38年ぐらい前、その頃まだ22歳かな、新聞配達をしていたんですけど、朝、仕事が終わって4時とか5時、東の空が明るくなってくるんです。新聞店のある高台から見ると、眼下にたまプラーザの駅、ずっとその先に鷺沼方面の丘陵部のシルエットがこうあって、その向こうから、濃紺の空にオレンジ色の太陽の光がずーっと染み出してくるんですよ。ああ、こんな鮮やかな景色が見れるんだ、って。もうずっと見てました。 仕事で汗流した後に缶コーヒー飲みながら、気持ちよかったですね。今は駅が大きくなっちゃったじ

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            好きなところは美しが丘三丁目の交差点

            私が大学生になる年、1971(昭和46)年の3月に引っ越してきまして、ほぼずっと今の場所に住んでいます。 好きなところは美しが丘三丁目の交差点を、美しが丘中学校の方向にちょっと左にカーブして上っていくときに見えてくる風景ですね。長く住んでいるので、やっぱり街への愛着というものも大きいんですけれど、その地点から北の方向に車で進んでいくと、両側のアキニレの街路樹の緑が、こう迫って視野がパーッと開けて、ああ帰ってきたなー、たまプラに帰ってきたなーってそういう感じがすごくするんです

            37年前からこのたまプラーザの地で歯医者をやってます。

            37年前からこのたまプラーザの地で歯医者をやってます。趣味は仕事で、表に出ることはほとんどありません。毎日忙しく働いております。これまで、およそ4万人近くの患者さんを診ているかな。ただしそれは、再初診も含めての通しですけど、ですからあんまり遊びに行く時間がないんですよね〜、はい。 私の親父も女房の親父も歯医者なんですね。女房の親父が自宅開業なんですよ。朝ごはん昼ごはん晩ごはん、大変なお母さんを見てたんで、自宅開業だけはやめてって言われてましてね。女房の親父の診療所を2年ぐら

            美しが丘公園。1周500メーターのランニングコースがあるし、公園が広いから好きです。

            美しが丘公園。1周500メーターのランニングコースがあるし、公園が広いから好きです。 いま13歳、中学1年生です。コロナの影響で子どもだけの入学式が、一応4月にありました。それから7月まで、臨時休校でした。その休校期間中に、なんかランニングできてないな、なんか走ろっかな、と思って、4月中旬に美しが丘公園で走り始めました。で、なんか好きになりました。 前はあざみ野のブックオフで折り返すっていうコースでランニングしてたんですけど、車がいっぱいいるし危ないなって母に言われて、じ

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            好きなところは秘密基地。

            カバ公園! なんで?うーん、なんでだろう、なんで? ころがしドッチボールができるから。 ころがしドッチボールとか鬼ごっことか、増えおにとか、おうちごっことか。 カバ公園は、いつも晴れてる日に行く。 いつもねえ、車椅子に乗ってるワンちゃんが来るから。 ベッキーちゃん。 5時にね、公園の入り口に。 ベッキーちゃんがいて、お友達になって、みんなお友達になった。 あそこでいつも集まってた。 好きなところは秘密基地。上の〜、薔薇が咲くところ。 あ、教えちゃった。もう教えちゃっ

            いきなり脱サラ。脱サラ、はやったもんですから、その頃。思いきって、パン!って決めちゃったわけなんです。

            28歳の時、昭和47年、1972年の9月にですね、私、たまプラーザにスポーツ店を出しまして、ええ、もう48年になります。その前は学校で教えてたりなんかして、サラリーマンやってまして。それだけだとちょっと面白くないな、この際、なんか社長になりたいなと思いましてね。田園都市線はこれから伸びるということで、たまプラ青葉台、探したらスポーツ店がなかったんで、スポーツ店でもやろうかなということでですね、いきなり脱サラ。脱サラ、はやったもんですから、その頃。思いきって、パン! って決めち

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            今、たまプラーザも開発から時が経って、まちが更新されていってる。大胆ですが、空いている土地なんかを自然に還していくみたいな、「原始化していく」みたいな、「田園と都市の混ざり合い」がうまくいくといいのかなって思ってます。ひとつの妄想ですけど。

            私がいつもいるのが、WISE Living Labっていう建物で、その中の共創スペースっていうところです。ちょっとぜいたくなぐらい広くて、ここにひとりしかいない時は、本当にぜいたく。2016(平成28)年の8月31日に、仮オープンして、それからどんな大雨でも大雪でも、出勤の曜日の日は通っています。 あの空間から、外を眺める。 この4年間、あの景色をずっと見てきた、って思いますね。お向かいが団地ののり面で、のり面の下半分ぐらいがコンクリートの壁で、上半分が芝生みたいになってる

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            チョヒヨッチョ チョヒヨッチョ、ピヒヨッピ ピヒヨッピ、 テンスケテンテテスクテン、

            祖父の代から住んでた駅の南の驚神社の近くが区画整理で道路になるっていうんで、そんならもう駅の近くへ行っちゃおう、ってこっちへ来たんですよね。昭和43(1968)年1月23日まだ21歳でしたね。緑区元石川町字大坪っていう所でしたが、翌年に美しが丘になったんです。同じ場所ですけどね。いや何しろ生まれたのが港北区で途中で緑区になって青葉区になって。 好きな場所はありますよ。自宅が好きです。家族が好きです。たまプラーザで7人家族ってあんまりないと思うんですよね。私たち夫婦、息子夫婦

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            「第2のわが家」

            たまプラーザ団地には、公園もたくさんあるし、すごく自然も豊かだし、文庫(※)もあるし、夏限定だけどプールもある。子育てするには最高な環境だと思って、物件が出たら教えてくださいとお願いして、2年くらいずっと待っていました。そしてこちらに来て、早くも12年になります。 好きな場所はいっぱいあるんですけど、目の前にあるドーナツ公園がやっぱり一番好きです。家の北側の窓から公園全体が見渡せます。ここでときめきもいっぱいありました。ドーナツ型の砂場があるからドーナツ公園っていうんですけ

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