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〈短編小説〉稲刈りと犬と若者たち

こうべを垂れる稲穂かな。
そう、稲刈りの季節がやってきた。
私の住む地域では米作り全般を百姓仕事と呼んでいる。
田植えと稲刈りは家族4人が総出で行ってきたけど、高校を卒業し去年から県内の大手ホームセンターに就職した私はなかなか手伝いづらくなってしまった。今年の田植えは仕事が休めなかった。

しかし稲刈りは事情が変わった。なぜなら2週間前に母が足を骨折してしまったのだ。稲刈りは天候次第で予定していた日にできないこともあり、シフトの調整が難しい。ただ、理由が理由なので上司には融通を聞いてもらった。父さんと高2の弟のふたりで出来ないことはないが、丸1日仕事になってしまうだろう。

降水確率0%の快晴、予定通りの日程で作業ができるようになった。日焼け止めクリームをべったり塗りたくり、さらに頭からすっぽり被って目の周りだけだす頭巾を装着し、その上に麦わら帽子まで乗せた。
銀行強盗なのか、海賊の一味なのか、そんないで立ちである。
私が出陣の装いに手間取っていると、いつの間にか父さんが操作するバインダーが動いているエンジン音が聞こえてきた。

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※これがバインダーです。写真は「写真AC」のフリー素材から拝借しました(以下、全部そうです。画像はイメージです)。だって、作業しながらカメラ持って撮影なんてできないから。

この機械はイネ藁が一定量になると麻ひもでがっちり括られた束になって、右横にポンっポンって弾きだされる仕組みになっている。私はそれを運搬車で広い集めて、弟が作っている「はで干し」用のはで木のところに運び、引っかけていく役目だ。

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弟は慣れた手つきでどんどんと「はで木」を組み立てている。一般的な稲刈りはもはやコンバインが常識となっているところ、ウチは代々続く「はで干し」の家なのだ。この稲藁の束を数週間、天日干しして乾燥させた後で、ハーベスターという機械で脱穀する。この干し方や呼び名は地域によって違う。よく「はで干し」した米の方が、乾燥機で速効で乾かすよりも美味しいというが、そんなに違うだろうか。言われてみればそんな気もするけど、言われてみれば、である。炊飯器の性能で変わるんじゃないの?なんて大きな声ではとても言えないけど。

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※これが「はで干し」の一例で、ちょっと調べてみると、いろんな干し方があるんです。

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こんなに何段も高く積み上げたり。

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スターウォーズに出てくるチューバッカみたい。

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トトロ?

「ちょっと、姉ちゃん、早く運んで引っ掛けてよ。日が暮れちゃうよ」
まだ、10時も回ってないじゃない。えらそうに。
と、心の中で毒づく。
でも、そう確かに父さんが黙々とバインダーで収穫を続けているので、急いで追いかけなくてはならない。

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稲の束を運搬車に積むときのポイント。紐で括られている根元の方がどうしても膨らむから、出来るだけ多く積めるように交互に重ねて積む。もう既に背中は汗ばんでいる。でも日焼けしたくないし、稲藁はチクチクするし、暑くても半袖はNGだ。
「姉ちゃん、悪いけど、この竹が水平になるように支えてくれる?」
「はい」私はそれ以上もそれ以下もない返事をする。いつもは母さんが運搬車で運ぶ係で、私は「はで木」に掛ける係。でも、今日は一人二役だからとても忙しい。

田んぼの畔で誰かがこっちを見ている。黒い犬が隣でちょこんと可愛げにしゃがんでいる。私が手を上げると、その若者も手を上げ返し、黒い犬が「ワン」と吠える。
運搬車のエンジンを切って、「クロスケ、こっちにおいでよ!」黒い犬は「ワンワン」と鳴いて立ち上がり、隣の若者を見上げて、あっちに行こうとねだっている、ように見える。田んぼの水はおおかた抜けているから、サンダルで入ったって大丈夫だろう。

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「こんにちは、ユリさん」
弟の同級生でもあり、私の高校時代の写真部の後輩でもあるタケシだ。
「暑い中お疲れさまです。毎日、ホームセンターで鍛えているだけのことはありますね」
本当は写真の専門学校に通ってみたかったけど、自営業の両親をお金で苦労させたくないから、それはやめた。やめて、働きながら写真コンテストの公募にチャレンジしながら技術を磨いて、ある程度お金が貯まったら次のステップを考えることにした。ただ、次のステップの目途はまだ何もない。惰性で続けても意味はないと思う反面、惰性だろうと続けていかないと成長はしない。とにかく、文句を言わずに撮るのみだ。
「今日の記念に1枚撮っておきましょう」と、私が返事をする前にズボンのポケットから秒速でスマホを取り出し、シャッターボタンを押す。早撮りのタケシ、それが彼のキャッチフレーズだ。その妙技はまるで忍びの術のようでもある。
「ちょっと、勝手に撮らないでよね」
「先輩の教えの通り、被写体の奇跡の一瞬を見逃さないようにしただけです」
おーい、タケシ。と遠くから大声を出しながら、弟が駆け寄ってくる。
「なんだよ、冷たいものの差し入れでもあるのかと思ったのに」
「今、金持ってないんだよ。それより、ほら、姉弟で並んで」
その声につられて弟が私の隣に立つ、その瞬間を逃さないでまたパシャリ。
「私が家から飲み物持ってくるから、その間、タケシ、これやっといてね」クロスケ一緒に行こう!と私は彼から犬のリードを奪い取り、元先輩の職権乱用で作業を手伝わせた。

私はクロスケと近況を話しながら歩いていると、腰袋に入れておいたスマホが鳴った。LINEにメッセージが入っている。
「今年も豊作かな」と簡潔な文章で、相手は県外の大学に通っているタケシの兄で私の同級生のタケルからだ。あのやろー、さっきの写真を送りやがったな。
「コラ、タケシっ!勝手なことするなー」
しかし、既に動き始めている運搬車のエンジン音にかき消されて、わたしの声はタケシには届かなかった。わたしの大声に呼応するように、クロスケも吠える。ワンワンワン!
「お前はいい奴だ」と頭をなでる。
家に戻って、お先に冷えた緑茶を一息に飲み干す。夏の終わりと秋の訪れを感じさせるとある田舎の日曜日。

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