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しんなりボーイズ 【#2000字のドラマ】

 昼休みになった。
 男だらけの教室がざわざわし始める。
 僕は家から持ってきた弁当箱を開いて食べようとしたが、その時二人の友達が僕の席の前まで来て話しかけてきた。ハルトとレンである。
 ハルトはバスケ部の陽キャ、レンは物理部にいる典型的なメガネ男子である。
 

 「はぁ、彼女ほしいなぁ……」
 「同感だ」
 「お前らはそれを言いにわざわざ僕のところに来たのか? 僕は昼ご飯を食べようとしていたんだ。邪魔しないでくれ」
 「ミナト~、そんなかたいこと言うなって。俺達の仲じゃないか」
 「ハルトの言う通りだ。このままだと男だらけの高校生活で終わってしまうぞ」

俺はまたかとため息をつきこう言った。
 「そもそもお前ら、昼飯は食べたのか?」
 「おう。中休みにな!」
 「俺もだ」
 「早弁してたのかよ……」
 「なぁ、そんなことより俺は彼女が欲しいんだ。ミナト、どうすりゃいい?」
 「知らねーよ」

 唯でさえここは男子校だ。
 イケメンでもなんでもない僕らに彼女なんてできるわけがない。
 

 「でも俺、悔しいんだよ。この前のバスケの試合でも共学の連中は応援に女子が来ててよぉ……おまけに試合も負けちまって、マジしんなりだぜ」
 

 ハルトがそう言うとレンも続けた。
 「昨日俺も、部活の実験帰りに駅に向かってたら、A学園のカップルが目の前でイチャイチャしながら歩いてて。こっちはこの後、塾だっていうのに。ホントしんなりだ」
 

 私立A学園は僕達の学校の近所にある。
 元々女子高だったのだが、運の悪いことに僕たちがこの学校に入学した年から共学になってしまった。
 ――A学園? 僕はふと思い出した。
 

 「そういえば、誘われてたんだ……」
 「へ?」
 「A学園の文化祭だよ。面倒臭いし断ろ」
 僕がそう言ってスマホを取り出すと、二人は声を揃えて僕を止めた。
 

 「おい! ちょっと待て!」
 「どっちに誘われた? 男子か? 女子か?」
 「女子だけど……」
 「ミナト! お前裏切りやがったな!」
 「ミナト! その女子とはいつ知り合ったんだ?」
 二人は身を乗り出して僕に迫ってくる。
 「昔、塾が一緒だっただけだよ」
 

 すると、ハルトは僕のスマホを取り上げ、何かを打ち始めた。
 「ちょ、おまっ、何を!」
 「ハイ送信! 行くって返事しといたぞ。もちろん友達も二人連れてく、ってな」
 「よくやったハルト! 誘われでもしなきゃ共学に乗り込むなんてこと出来ないからな」
 俺は慌ててメッセージを取り消そうとすると……

 ――『既読』

 「ほら行くしかないだろ、ミナト!  行って男子校の凄さを共学のリア充達に思い知らせてやる!」
 「あぁ、決まりだな。もうしんなりなんかしてられない」
 

 目がマジだもんなぁ、こいつら怖い……。
 俺は深くため息をついた。

 文化祭当日、僕達三人はA学園の前まで来ていた。
 「いざ、戦場へ」
 ハルトとレンは校門をくぐり、勇み足で先に中へ入っていく。
 ……おいおい、こいつらは何と戦っているんだ?

 まず僕を誘ってくれた女子、タナカさんのクラスに行ってみる。
 『研究発表会』と張り紙がされていた。
 「ふーん、ちょっと覗いてみようぜ」
 僕たちは頷き、中に入ると、一人の男子生徒がちょうど発表を始めようとをしていた。
 彼のテーマは『ピタゴラス数と素数』らしい。

 発表が始まった。
 パワポを使うなど、工夫していた点も見られたが、ところどころ議論に怪しい点があった。
 実は、僕は数学研究部に所属している。 
 『ピタゴラス数』といえば、僕の得意分野なのだ。

 ――――発表が終わった。
 「質疑応答の時間に入ります。質問のある方は挙手をお願いします」

 進行役の生徒がそう言った瞬間、ハルトとレンの二人がビシッと手をあげた。
 まずハルトが質問する。
 「4スライド目の3行目なんだけど、ここ二乗しなきゃじゃない?」
 「えっ……あ……そうなんですか? すみません」
 今度はレンが「呆れた」と言わんばかりで続ける。
 「6スライド目の7行目もだぞ。それに9スライド目の証明も場合分けが必要だ」
 僕も間違っている部分が気になってしまい、続いて質問した。
 「これってピタゴラス素数についての話だと思うんですけど、フェルマーの二平方和定理の部分の証明が不十分じゃないですか? それに、ピタゴラス素数が無数に存在することも背理法で初等的に示せると思うんですが」
 ぽかん、とする発表者。


 廊下に出ると、僕たちは妙な達成感で満たされていた。
 三人でハイタッチをする。
 まさに俺達の勝利!
 普段陽の当たることのない俺たちに初めて天から陽が差したような気がした。

 が、その時、強烈な視線を感じた。
 僕を誘ってくれたタナカさんだった。
 

 「ひどい……。もう帰ってくれる?」
 

 そう言ってタナカさんは去って行ってしまった。

 ――やっちまった……。


 ――僕たちは黙って学校から出るとファーストフード店に行き、フライドポテトのLサイズを三人で分けて食べた。
 勝利なんかじゃない。完全なる僕たちの敗北だ……。

 しんなりしたポテトはなんだかいつもよりしょっぱく感じた。

<了>

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