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ps Feb



2月姫の話。


「2月姫」

人々からそう呼ばれ続けた彼女は
毎夜この劇場のステージに立った。


『私は踊り子ではない。芸術家であり歌い手、そしてあなたがたの永遠の恋人。』


ステージの上に現れた彼女は
左手のひとさし指を高々と星の降り続く天に掲げながら、
自己紹介がわりに
突き抜けるような声で
このフレーズを唱える。

オーディエンスの心は
まず彼女の第一声に掴まれる。

そうして巨大なスピーカーから放たれる振動は
いくつかの薄い透明なパネル壁にぶつかり、はね返り、
上空へと向かう強い音に、否応なしに体を揺すられてゆくんだ。

『あれは一種の洗礼なのだ』

ある有名な記者が
街で一番の集客を誇る
前衛的な情報板に記事を書き立ててからは、
彼女の人気はとどまることを知らなかった。


歌い、踊り、歌う、
2月姫の輝くような美しさと
声に含まれた独特なヘルツ、
あれはこの真空のステージじゃなきゃ生み出せなかった。


曲ごとに変わる彼女の衣装は
当時彼女の恋人だと噂のデザイナーが作ったもので
街の女達は皆こぞって彼女の真似をしたがった。


『フェブラリーは僕を見ていた。僕のものだ。』

『フェブラリーは俺のことしか眼中にないね。』

『フェブラリーは私の為に存在しているの。彼女は私のミューズよ。』


ステージが終わると皆そんなことを言う。
フェブラリーと相思相愛だと、誰もが疑わずに錯覚をする。


2月姫は誰のものでもあって、
誰のものでもない。

つまり彼女はホログラムだ。
観客の数だけフェブラリーも存在した。

コアである実体が何処に居るのかは、
結局誰も突き止められなかった。
それは未だに深い謎のままだ。


やれあのデザイナーの妻だとか、妹だとか、
どうせあの有名記者の愛人だったんだう、とか、
そもそもコアなんて居ない、とか、

人々は好きなだけ噂をして、やがて彼女のことを忘れていった。


そうそう、
彼女のラストステージで歌われた
『革命前夜』という曲は伝説的だったよ。

その日会場に居た全員で合唱をしたんだ。


今は誰1人として
『革命前夜』の歌詞のワンフレーズさえ思い出すことが出来ないんだけれどね。

他の曲は覚えていても、『革命前夜』だけはどうしても思い出せないんだよ。


僕?僕もフェブラリーのファンだったからね。
そう、洗礼を受けてみたい、と思ったクチだ。

彼の記事を読んで、ステージに出向き、
その後彼に弟子入りをしようとしたけれど、彼はもう外国へと発ち、居なくなった後だった。

だから自分で情報板を立ち上げて、
今はこうしてフェブラリーのコアの行方を追っているよ。


『私は踊り子ではない。芸術家であり歌い手、そしてあなたがたの永遠の恋人。』


永遠の恋人。


僕が思うに、彼女の言っていたことに間違いはなかったはずなんだ。












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