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渚、渚、コーラル:3



『僕たちは時のさなかに
紛れて呼びあう

君の声
珊瑚と対の真空色


手を繋げば最後
二度と離れられなくなる

もういいよ、の合図
見逃さない


振り返れば
波打ち際
途方もないよな愛が寄せてく


心の真ん中
息を吹き込まれ

止め絵の中の人形、で
いられなくなってしまった僕たちは
初めて自分の足を使って走る


手を繋げば最後
二度と離れられなくなる


振り返れば
波打ち際
途方もないよな愛が寄せてく


風がやんで共鳴したのは夜

月だけがそれを知っている』



再生されたクリスタルの情報に合わせ

音楽と一緒に
ことばを口づさむ。


珍しく勉強机に座っている珊瑚は
頬杖をつきながら
ライトブルー色をした表紙の写真集をぱらぱらと眺める。

波打ち際の写真ばかりを集めた本だ。


渚は何にも分かっていない。

この波と
このライトブルーの美しさは何色にもかえられない。


どうして私は渚じゃないんだろう。


私の顔と渚の顔は同じはずなのに、

渚の美しさにはどこも似ていない。



誕生記念のコインは、この間15枚になった。
卒業が近づいて来る。


渚の部屋をコーラルピンクに染めたところで
渚の美しさは変わらない。


あの美しさは守らなければならない。

だから私は彼から離れることにした。


私が近くに居ると
渚には他人の感情が入って来る、

それがどれだけ恐ろしいことなのか、
渚は分かっていない。

もう子供の頃とは違うのだ。

チョコレートジンジャーなんて、飲みやしない。


珊瑚はクリスタルに触れ、もう一度音と情報とを再生させる。
今度は部屋の中全体に溢れるように。

光、音、笑顔、華やかな衣装、
拡散されるエネルギー、


『私もこんなふうに歌い踊る女優になりたいな、』と


昔なら、言葉を介さなくても
渚に容易に伝わったのかもしれない。


卒業したら街へ出て
歌劇団に入ろうと思っていることを、誰にも打ち明けられないままでいる。


どうして私は渚じゃなかったんだろう。


生まれる前のことは、珊瑚も覚えていた。
渚のままで、よかったのかもしれないのに。
私が一番欲しいものは渚なのに。

渚の美しさなのに。


ボーイフレンドを何人変えてもそれは同じことで
私が絶対に欲しいものは絶対に得られないものだった
と知った珊瑚は

今も絶えることなく続く、男子生徒からの交際の申し出を断るようになった。



今やコーラルピンクの小物だらけの渚の部屋と違って
珊瑚の部屋の方がずっと簡素だった。

ライトブルーの写真集が棚にいくつか立て掛けてあるだけだ。


荷物は少ない方がいい。



『振り返れば
波打ち際
途方もないよな愛が寄せてく』


私が急に居なくなったら、渚は悲しむだろうか。

珊瑚の心残りはそれだけだ。



『風がやんで共鳴したのは夜

月だけがそれを知っている』



卒業が近づいて来る。

珊瑚はインクを付けたペンを取り
紙に、歌詞をうつそうとしてやめた。


「ラブレターにもなりやしない。」


そう出任せに呟きながら、
ウサギの顔を落書きする。


これを見た時の渚の顔をしっかり覚えて
次のステージに持っていこう。


珊瑚は紙を畳んで封筒に入れ、
コーラルピンク色の蝋を落とす。

深く印を押しながら息を付き、

そっと気持ちの封を閉じる。

















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