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映画シナリオ「チェックメイト 〜愛の始まりと終わり〜」(♯1)

◯青空~東京のビル群
  小さな雲が点々と存在する、澄み切った青空。
  その下に東京タワー、東京のビル群が広がっている。

◯新風社・第1文芸部
  編集者・松田良多(30)が鞄に書類を詰めながら、
  同僚・玉井修(30)と談笑をしている。
良多「夢? そんな実体の無いもの、持つ必要ないって」
玉井「でも小説家って、夢を追い、叶えた人たちが就いた職業じゃないか」
良多「ああいう人たちは元々特別なんだって。夢を叶えるには、
 圧倒的な才能が必要だ。それに、夢より現実。現実に即して生きた
 方が、俺たちは幸せになる」

◯オフィスビル・入り口
  1棟のオフィスビルに入っていく、端正な顔貌の若い女性たち。
  そこに現れる女優・板野美由貴(30)
  とマネージャー・桜井貴司(35)。
桜井「俺がついてやれるのはここまでだ。行ってこい、板野」
美由貴「うん。必ず、夢、叶えてみせる」
桜井「また始まった」
美由貴「女優には夢があるのよ」

◯同・控え室
  扉には「映画『エターナルプロミス』出演者オーディション控え室」
  という貼り紙が貼られている。
  中では数十名の女性たちが待機している。
  台本を読んで練習している者、談笑している者……。
  その中に女優・板野美由貴(30)の姿。
  美由貴は、台本を片手に台詞を呟いている。
女性の声「番号20、板野美由貴さん」
美由貴「はいっ!」
  と立ち上がる美由貴。

◯竜山家・全景
  古風で大きめな洋館風の一戸建て。

◯同・書斎
  テーブルに向かい合って、チェスに興じている、
  小説家・竜山直輝(40)と良多。
  盤面を見つめる良多。
  やがて良多がナイトを取り、キングの斜め横のマスに指す。
  誇らしげな表情。
  直輝は表情一つ変えず、ビショップをキングの横に指す。
直輝「チェックメイト」
良多「……!」
直輝「勝ったと思ったね? 松田君」
良多「その手があったとは……」
直輝「定跡の一つだよ。いや、でもこの3年間で、大分腕を上げた」
良多「次は勝ちますよ。必ず」
  と、ソファの上に置いてあるA4紙の束を手に取る。
  A4紙には文章がびっしり書き込まれている。
直輝「どうだった?」
良多「ええ、素晴らしいと思います。さすがですよ。
 始まりから終わりまで、緻密に構成されている。
 今からこのプロットが、どんな文章になるか、楽しみですね~」
直輝「(首を振り)プロット通りにはならないよ。
 小説の登場人物は勝手に踊りだす。書き手の読み通りにはいかないんだ。
 チェスも同じだ」
良多「ええ、でもようやくスタートラインに立てた。この3ヶ月、
 もう一時は書けないまま終わるんじゃないかと思いましたよ」
直輝「冷や冷やさせてごめんね。ちょっと、出ようか」
  立ち上がる直輝。

◯同・玄関
  玄関前では妻の竜山洋子(40)が二人を見送っている。
直輝「夕食前には戻るよ」
洋子「はい」
  洋子に一礼をする良多。
  外に出た2人。
良多「奥さん、誘わなくていいんですか?」
直輝「人を呼んでるからね」

◯小料理屋・全景(夕)
  古風な昭和風の料理屋。

◯同・店内(夕)
  和食に舌鼓を打っている良多と直輝。
直輝「実はね……今日は、君に紹介したい人がいるんだ」
良多「……紹介したい人?」
直輝「残念ながら、同業者じゃないよ」
良多「ってことは……」
直輝「うん」
良多「またですか」
直輝「今回は特別だ。そろそろ来るだろう」  
  お店の引き戸を開けて、美由貴が入ってくる。
美由貴「遅くなってごめんなさい」
直輝「ほら」
  美由貴、直輝の隣の席に座る。
  良多と美由貴、向かい合わせになる。
美由貴「オーディションが長引いちゃって」
良多&美由貴「……」
  良多、首を傾げて軽く会釈する。
  美由貴も会釈を良多に返す。
直輝「手応えは?」
美由貴「ばっちりかな! 余裕で通過でしょ」
直輝「本当に?」
美由貴「ホント。あんまり大した人来てなかったし。
 私ね、このオーディション通れば、事務所からの給料上がるんだ~」
直輝「そうか、じゃあ頑張らなきゃいけないな?」
美由貴「うん、絶対獲ってみせる、主演!」
直輝「自信を持つのは大事なことだ。自信が
 人を成功に導いてくれる」
  直輝、会話に加われず所在無さげな良多を見て、
直輝「彼女はね……」
美由貴「(遮り)板野美由貴です。女優やってます」
良多「レースクイーン、モデルときて次は女優ですか。
 ほんと、芸能系好きだなあ」
美由貴「え~、なにそれ初耳」
直輝「週刊誌に散々書かれてるだろ。もういいじゃないか。
 ちょっと、お手洗い行ってくる」
  と、立ち上がる。
良多「あ、逃げた」
  店の奥へ去っていく直輝。
美由貴「……」
良多「……」
美由貴「そういえば、お名前とか聞いてなかったですね?」
良多「あっ、そういえば」
美由貴「ごめんなさい、勝手に盛り上がっちゃって」
良多「いえいえ。いつものことですから」
  良多、胸ポケットから名刺を取り出し、
  美由貴に渡す。
良多「松田良多です。わかると思いますけど、
 竜山先生の編集をやっています。もう今年で3年目」
美由貴「よく3年も務まりますね。あの人、本当にマイペースだから」
良多「ええ、最初は僕も驚きましたよ。なにせ遅筆で。
 酷い時なんか、締め切り前日にまだ半分しかできて
 ない時ありましたから」
美由貴「えー」
良多「ま、もう慣れましたけどね。先生とはいつからなんですか?」
美由貴「うーん、3ヶ月くらい前かな? 舞台で共演した俳優の
 パーティーに、直輝さんが来てて。連絡先渡されたんです。開口
 一番」
良多「相変わらず手が早いんだから、もう」
美由貴「確かに最初は怖かった!」
良多「でもね、僕思うんです。先生は、そう恋愛経験が豊富だからこそ、
 売れてるって。だから僕も許しちゃうし、編集部でも暗黙
 の了解になっているんですよね」
美由貴「それ、直輝さんも言ってました。作家に色事の一つや二つは
 必要だって。私も、それに絆されちゃって。既婚者なんてやめ
 とこうと思ってたんだけど」
良多「悪気はあるんですね?」
美由貴「……(頷き)でも、かっこいいんです。
 夢を叶えた姿が。素直に憧れちゃう。
 しかもそれを当然かのように振舞っている」
良多「才能の人だから。大学在学中に書いた小説ですぐに賞をとった。
 そこから2年で直木賞。以降、ずっと第一線級。
 かっこいいよなあ」
美由貴「直輝さんの近くにいると、私も良い影響を受けれそうな気が
 するんです。 私も……私も絶対女優として夢を叶えたいから!」
良多「夢……ね」
美由貴「私、夢が無い人生ってつまらないと思うんです。
 夢があるからこそ、人は輝ける」
良多「……そう」
美由貴「そうだ、来週私、舞台出るんです。
 良かったら観に来てくれませんか?」 
良多「どんな舞台なんですか?」
美由貴「小演劇です。下北でやってるような」
良多「詳しくないけど大丈夫かな~、俺。
 演劇は、シェイクスピアぐらいしか知らないんで」
美由貴「全然大丈夫ですよっ。直輝さんも来るって言ってたから、
 よければ二人で!」
良多「はい」
美由貴「じゃあ、詳細送るんで、ライン教えてもらえます?」
良多「いいですよ」
  2人、携帯電話を取り出し、連絡先交換を始める。
  御手洗から帰って来た直輝、2人が笑顔で連絡先を交換している
  姿を見て、一瞬躊躇いを見せる。
直輝「おお、盛り上がってるね」
美由貴「直輝さんのことべた褒めしてたよ」
直輝「ええ、悪口じゃなくて? 『原稿が遅い!』とか。
 『手が速い』とか」
良多「(おちゃらけて)先生は、天才です」
直輝「あはは、煽てには乗らないよ。そう言えば、
 2人は同い年なんじゃないか?」
良多「え? 今年30で?」
美由貴「あ、はい! わー同学年なんだ」
  そっと美由貴の腰に手を回す直輝。
  美由貴、直輝の肩にもたれる。
良多「……」
   
◯良多のマンション・部屋(深夜)
  良多、恋人のOL・中谷杏奈(25)とセックスをしている。
杏奈「……夢?」
良多「……」
杏奈「そんなこと聞くなんて珍しい」
良多「夢なんて人生に不要なものだ。そんなものがあるから、
 貧乏になったり、自殺したりするやつが出てくる」
杏奈「なにかあったの?」
良多「いや……別に」
  愛撫を止める良多。
良多「変かな、俺」
杏奈「変じゃないよ。良多が、なにか夢を追ってたら、
 私たち、結婚できなかったかもしれない」
良多「……」
杏奈「私ね、良多の浮ついていない部分が好きだから、
 プロポーズを受け入れたんだよ? 新卒のとき、良多からOJT受けて、
 そのとき思ったことは、今も変わらない」
  杏奈、起き上がり、ベッドサイドの台の上に置かれた
  民族風のヘアピンを手に取る。
良多「それまだ使ってるんだ」
杏奈「初めて2人で海外行った時に買ったやつだもん」
良多「……」
  良多、杏奈にキスをする。
  杏奈、ヘアピンを再び台の上に置く。
  舌を絡め合う2人。 

◯美由貴のアパート・室内(翌日)
  質素なワンルームアパート。
  美由貴、携帯電話で会話をしている。
美由貴「そう、ダメだったのね……」
  電話を切った美由貴。
  美由貴、ベッドにうつ伏せに沈む。
美由貴「……」

◯サムタイムプロダクション・全景(翌日)
  複数のテナントが入る雑居ビル。
  ワンフロアに、『サムタイムプロダクション』の看板が出ている。

◯同・事務所内 
  桜井と、オーディション公募のチラシを
  見ている美由貴が話している。
桜井「どうだ? 受けるか?」
美由貴「……(思案中)」
桜井「『エターナルプロミス』とは違って、ほとんどインディーズに近い
 規模だ。ヒロインというわけでもない。でも、監督はあの豊嶋大輔。
 もし合格すれば、箔がつく」
美由貴「やる。受けてみるよ。こっちは絶対に、役を獲ってみせる」
桜井「言っとくが、きっとギャラは安いぞ」
美由貴「関係ないよ。憧れの豊嶋監督の作品だもん」
桜井「ああ、あの豊嶋大輔がこの規模で映画を作るのは珍しい。
 それだけ、凝り固まった頭の持ち主ではないということだ。板野、
 どんとぶつかっていけ!」
美由貴「うん!」

◯下北沢・駅前(1週間後・夜)
  若者たちでごった返している。
  スーツを着た良多が改札から出て来て、歩いていく。

◯劇場・場内(夜)
  50席ほどの客席数の小さな劇場。
  良多、席に着き、折り込みチラシに一つ一つ目を通している。
  客席の照明が落ち、開演のブザーが鳴る。
   ×      ×      ×
  舞台上に美由貴が登場。
美由貴「おいらは妖精のパック。アテネの森に生きる妖精さ。
 最近、俺の主が、すごい薬を開発したんだ。なんでも、人を恋煩い
 にさせる、いわば惚れ薬ってやつらしいんだ」
  はけようとする美由貴、勢い余って転倒。
良多「……」
   ×      ×      ×
  舞台上では劇が進行している。
  妖精役の美由貴が共演者たちの間を駆け回っている。
美由貴「ディミー、ディミー、ディミー……」
役者「(小声で)ディミートリアス」
美由貴「ディミートリアスって男はこいつかい?」
  台詞を飛ばした美由貴への客席からの失笑。
   ×      ×      ×
  舞台上では決闘のシーンが行われている。
  2人の男が小道具のサーベルを交差し合う。
  その様子を見つめている美由貴。
  殺陣は拙く、動きにもキレがない。
  一本の剣が折れて飛び、美由貴の顔面に激突。
美由貴「痛っ!(と倒れる)」
  客席から笑い声が漏れる。
  動揺した美由貴、右往左往し、はけていってしまう。
  良多、いたたまれず、席を立つ。
   ×      ×      ×
  カーテンコールが行われている。
  共演者たちと並んで挨拶している美由貴。
  美由貴、良多の座っていた席が空いているのを見、
美由貴「(笑顔を繕いつつも複雑)」

◯カフェ・店内(夜)
  良多、コーヒーをかき混ぜながら、
  イライラを隠せない。
  かき混ぜる速度が速まっていく。
良多「……」

◯直輝の家・書斎(夜)
  デスクに向かい、執筆をしている直輝。
  軽快に画面に打ち込まれている文章。
  しかし、突然止まる。
直輝「……」
  デリートキーを押す直輝。
  文章が次々と消えていく。
  携帯電話を取る直輝。

◯居酒屋・店内(夜)
  役者たちの打ち上げが行われている。
  歓談には美由貴の姿もある。
役者1「あのシーン、スッゲー良かったよ。客の反応も良かった」
美由貴「そう? ありがとう」
役者1「俺らには小演劇魂ってのがあるんだ。
 売れてる奴らには絶対理解できないだろうよ」
役者2「小演劇最高!」
美由貴「そうだね、最高!」
  テーブルに置かれた美由貴の携帯電話が
  バイブレーションする。
  携帯電話を取り、座席を離れる美由貴。
  着信は直輝から。
美由貴「……もしもし。え、今から? だって明日も本番だよ? 
 前言ったじゃん、舞台だって」
  役者の一人が怪訝そうに美由貴を見ている。
美由貴「(視線に気づき)わかったよ。どこ行けば良い?」

読んで頂き誠に有り難う御座います! 虐げられ、孤独に苦しむ皆様が少しでも救われればと思い、物語にその想いを込めております。よければ皆様の媒体でご紹介ください。