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心配の9割は起こらない

居酒屋のトイレの前で我慢できずに噴射した後輩のゲロが、近くに座っていたマンバンヘアのヤンキーの彼女に降り注いだ。その光景を少し離れたところから見ていた僕の目には、さっき食べた坦々麺が生き生きと弾ける様がスローモーションのように映った。勢いよく立ち上がるヤンキーの彼氏。甲高い悲鳴をあげる彼女。ゲロまみれの床に倒れ込む後輩。すべてを達観したように見つめる僕。ヤンキーは怒鳴り声をあげる。「連れおるやろがぃ。早よ出てこんかい」掃除にかけつける店員。泣き出すヤンキーの彼女。それを達観したように見つめる僕。掃除にかけつけた店員に、ヤンキーが何かを話すと、店員は急いで僕の方に駆けつけてきた。「お客様、お連れさんが吐かれました。服を汚された方もいらっしゃって非常に怒ってはります。一旦店の外で話つけてもらっていいですか?」これから起こる事は容易に想像がついた。覚悟を決めろ。歯を食いしばれ。脳が僕に指令を出すのを感じた。「大丈夫、心配事9割は起こらない」僕は自分に言い聞かせる。そして、もう一度歯を食いしばった。
数分後、左頬に重たい右の拳がめり込んだのは言うまでもなかった。心配事の1割は起こってしまうのだ。床に倒れ込む僕。ヤンキーが何かを言っている。分からない。左耳が機能を失って、右耳が聞くことを拒否している。僕が立ち上がると、ヤンキーが怒り心頭の顔で何かを言っている。分からない。そして、もう一度僕の左頬に衝撃が走った。床に倒れ込む僕。欲を言えば、右頬にして欲しかった。痛みがアシンメトリーで気持ち悪い。そんな奇妙なことを考えられるほど、意外にも頭は冷静だった。真剣に人に殴られるのは、何年振りだろうか。久々に味わうスリルにアドレナリンが出て、痛みが和らいでいく。手にめり込んだ石を払いながら立ち上がると僕。近づいてくるヤンキー。もう一発くる。そう確信した僕は、少し体を斜めにして、右頬を差し出した。

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