糸杏 cyan

会社員 4/1〜nobara(のばら) 書き溜めしてないので続き出来たら上げていきます。

糸杏 cyan

会社員 4/1〜nobara(のばら) 書き溜めしてないので続き出来たら上げていきます。

最近の記事

nobara(7)

春の終わり、今日は薄暗い雲が空を覆って今にも雨が降りそうな空模様である。篠永は事務所で入稿文書をレイアウトに打ち込みながら時折ボーッ窓の方を見ている。 「篠永、ちょっと。」 上司の東田に呼ばれひょこっと山積みの資料を避け顔を覗かせる。手招きをする彼の元へ、あぁ何だまた何か言われるのかと肩を落としながら向かう。 「あの…なんでしょう。」 「はー。先月末に出した6月号、ほら、お前が取材に行った占い師いただろ」 「あーっと、黒崎さんの代わりに行ったやつですか。」 「そうだこの占い

    • nobara(6)

       沖田は駅前のロータリーで篠永を見送ると直ぐにスタジオへ車を走らせた。駐車場に着くと自販機で120円のアイスコーヒーを買い仕事前に一服したいと裏口でタバコを取り出す。吐いた煙が鼻腔を抜け、流し込むコーヒーが喉に清涼感を伝えるとポケットの中でスマホが震えた。画面の"希空"の表示を確認して出る。 「…お疲れ様です。沖田さん、すみませんまだスタジオ戻られてないですか?」 タバコの先を灰皿に押し付けながら吸った息を長めに吐き出す。 「ごめん今裏で煙草吸ってて、もう準備出来ちゃってる

      • nobara(5)

         2人が店を出ると、沖田は目の前に停められた車の助手席のドアノブに手を掛ける。 「後ろどうぞ。」 沖田に続いて篠永が乗り込むと運転席には赤っぽい茶髪を高くポニーテールにした女性が座っている。 「初めてだよね?アシスタント兼運転手の希空ちゃん。」 「末田希空です。前からすみません。」 ハンドルを握る彼女は後部座席を振り返りはにかむ笑顔を見せ、「では出発しますねー。」と前を向き直りエンジンをかけた。車は朝のラッシュを過ぎた大通りを軽快に走りだす。 「前のアシスタントはどうしたの

        • nobara(4)

           深夜1時過ぎ、篠永は今日の取材内容を原稿に書き起こしていた。日中は取材に出回る事が多く、日に何箇所かを回る日は遅くまで原稿作成に追われる事もある。また気になったことは追加で取材をする事もあるためその日中に文章をまとめておかないと掲載期日に間に合わせられない。  妻の遙子は生花店で働いているため休日以外は朝が早い。もう4時間後には起きてくる。篠永も明日は朝から友人と会う予定がある。 「寝るか…」 パソコンを閉じ、手書きの資料や印刷物を重ねながら紙束の1枚に目をやり手を止めた

          nobara(3)

          真灯  先月ある雑誌社から取材の申し込みがあった。聞いた事のない雑誌名だったが、私がそういうものに疎いだけだろうか。  占いの仕事は本業の傍やっていたものだった。稼ぐつもりもなく、友人や知り合いその紹介などを霊視で占っていた。  1年程前までは進学向けの画塾に講師として勤めていた。主に美術大学の入試対策の為に通う塾。私自身小さい頃から絵を描くのが好きで、大人も私の描くものをよく褒めてくれた。  講師を始めて半年程して職場の同期の男性と交際を始めた。彼は浪人して大学を出た

          nobara(2)

          篠永 春らしい風の温もりを感じる。桜の木は濃い緑の新芽を沸々と膨らませている。散った桜の花びらが少し赤を滲ませコンクリートの地面を滑っている。  今の会社に勤めて13年。小さい時から怪奇現象や都市伝説的なものが好きだった僕にとって、この仕事に付けたことは他人から見れば幸福な事らしい。好きな事を仕事にできる。確かに世の中の大半は子どもの頃の夢を叶えられていないと思う。  僕が小学生当時、保護者参観で将来の夢について発表させられた覚えがあるが、周りはメジャーリーガーだとか保母

          nobara(1)

          沖田  息苦しさで目が覚めた。午前3時、気付けば自室のベッドで眠っていた。 もうあの事件から3日は経ったか、友人の篠永はまだ病院のベッドで管に繋がれている。生死を彷徨う友人を目にしたのはつい昨日の事。事件現場を目撃した俺はその場に来たパトカーに乗せられ事情聴取を行うため警察署へ運ばれた。  手のひらで額の汗を拭い、ベッドから上体を起こす。リビングに向かいテーブルに置いてあったマグカップを手に取り温いコーヒーを勢いよく喉へ流し込んだ。 窓を開けて外気に当たると汗が引いていく、