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nobara(7)

 春の終わり、今日は薄暗い雲が空を覆って今にも雨が降りそうな空模様である。篠永は事務所で入稿文書をレイアウトに打ち込みながら時折ボーッ窓の方を見ている。
「篠永、ちょっと。」
上司の東田に呼ばれひょこっと山積みの資料を避け顔を覗かせる。手招きをする彼の元へ、あぁ何だまた何か言われるのかと肩を落としながら向かう。
「あの…なんでしょう。」
「はー。先月末に出した6月号、ほら、お前が取材に行った占い師いただろ」
「あーっと、黒崎さんの代わりに行ったやつですか。」
「そうだこの占い師、なかなか取材を受けないと聞いていたが。相当人気なんだなぁ、あまり大きく載せて無かったにも関わらず出した途端前月比を越える勢いなんだよ。」
東田が当該雑誌のページをめくり真灯の館の特集ページを見せてきた。今回は見開き半ページの占いコーナーの特別枠として掲載している。

取材NG!密かに人気の当たる占い師 真灯
流行りに敏感な若者の間で当たると評判な占い、真灯の館。館内や主の写真撮影、詳細等SNS掲載は一切NG、なのにも関わらず口コミが評判を呼び連日客が絶えない繁盛店。その今1番熱い占い師、真灯についてどこよりも詳しく紹介!

「文章もページ作成も黒崎さんがやってますし何かあるなら黒崎さんにお伝えした方が…」
そう言って右後方の黒崎のデスクに目を落とす。黒崎は熱心にパソコンに向かってカタカタと作業をしているようだ。

「追加で取材をして欲しい。」
篠永が東田へ姿勢を向き直すと腕組みをして篠永を見上げている。人に物を頼みながらこの態度、横柄そのものだなと篠永は感じていた。
「できれば連載希望だが…それだと価値が希薄になるからな。特別感を出して時々月にでも第二弾を組みたいんだよな。」
「それならなおのこと黒崎さんに…」
「こちらが取材を申し込んだらな、前回お店に来ていただいた方とならお話しします。って言うんだよ。」
東田も黒崎の方にチラリと目線を落とし2、3秒するとまた篠永を見上げる。
 黒崎の手前、売上の立つ仕事を奪う様で何とも心地が悪かったが相手サイドの要望なら仕方ない。「わかりました。」と一言返すと東田から、会う時間、場所は既に指定済みだから、必ず話をつける様にと念を押された。
東田から渡されたメモには明日の昼に指定の公園を示してある。急だなと思いつつデスクに戻ろうとすると事務所の玄関チャイムがなった。
立っていた篠永が、僕出ますね、と玄関へ向かいドアを開ける。

「すみません、宅配ですー。」
台車に荷物を乗せた配達員の名香野だ。彼はこの近辺が配達エリアになって1年ほど、色々融通を効かせて荷物を運んできてくれる。この前なんか家が事務所から近い東田宛の荷物を「ご自宅不在でしたので。」とわざわざこちらに寄って持ってきてくれていた。とは言え勿論東田が、もし在宅してなかったら日中はこっち(事務所)にいるから持ってきてくれる?と頼んでいたからだが…。
「雨降ってませんでした?」
名香野の制服の肩が色が変わって少し濡れている様に見える。
「そうなんですよー、あ、サイン大丈夫っす、荷物中に入れていいすか?」
お願いします、と篠永が伝えると名香野は事務所宛の重そうな段ボール箱を中に運び入れる。多分印刷紙やらの事務資材だろう。
「雨のなかありがとうございます。」
「いえいえ、…これで全部です、どうもありがとうございました。」
軽く会釈をして配達員がドアを閉める、と運び込まれた荷物の横に使いかけの錠剤薬が落ちていた。名香野のものだろうかとドアを開けて顔を出し廊下の奥。エレベーターを待つ彼を目視し声をかけながら向かう。
「名香野さーん、」
名香野が篠永の方に顔を向ける、近づいてきた篠永が手のひらを出す。
「これ、もしかして名香野さんのじゃないかなって。」
名香野は薬を手に取ると、あー!僕のです。すみません…、と苦笑いを浮かべまた軽く会釈をした。
「僕偏頭痛持ちで、今日みたいな天気の日は特に出やすいんですよ。ありがとうございます。」
エレベーターが開くとまたまたペコリと会釈をする。扉が閉まると篠永は事務所に戻った。

「篠永、どうした?」
「わっ。」
篠永が事務所に入ると入れたてのコーヒーを片手に持った黒崎に声をかけられた。
「あ、名香野さんが落とし物したんで届けてました…。」
あそ、と言ってスタスタと黒崎は自分のデスクに戻って行った。ドキッとしながらも篠永は自分のデスクに戻りパソコンのデスクトップ端に東田からの手書きのメモを貼り付けた。

⚪︎月⚪︎日 11時 ⚪︎⚪︎公園 桜並木のベンチで

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