見出し画像

nobara(2)

篠永しのなが

 春らしい風の温もりを感じる。桜の木は濃い緑の新芽を沸々と膨らませている。散った桜の花びらが少し赤を滲ませコンクリートの地面を滑っている。

 今の会社に勤めて13年。小さい時から怪奇現象や都市伝説的なものが好きだった僕にとって、この仕事に付けたことは他人から見れば幸福な事らしい。好きな事を仕事にできる。確かに世の中の大半は子どもの頃の夢を叶えられていないと思う。

 僕が小学生当時、保護者参観で将来の夢について発表させられた覚えがあるが、周りはメジャーリーガーだとか保母さんだとかアイドルだとか発表する子が多かった中、僕はと言うと特に夢が無かったので学校の先生と書いた。親やその他の大人から、こう書いていれば何かと文句はつかないだろうと思ったからだ。今考えるといやらしい子どもだ。

 今朝は上司の代わりに取材先に向かっている。相手方は予約の取れない占い師として有名な女性で、場所と時間と取材して欲しい内容だけを貰い仕事を引き継いだ。僕としては最近の取材内容に辟易している。子どもの頃に夢中になった憧れの現場は今や利益重視のカルチャー雑誌と化している。占いブームの持て囃される昨今に合わせた若者目線の内容がページの大半を占めるようになっていた。

 今回の取材もその一つだ。取材場所はビル街の一角、少し古びた外壁の3階にある占い師の店。磨りガラスにはオレンジ色の文字で【占い 真灯まほの館】と書いてある。扉を引くと、入り口のから真っ直ぐ伸びる廊下の奥に見える紫がかったガラスのカーテンが揺れる。

「お上がりください。」
ドキッとした。声をかけようとした時だった。普通のアパートのような作りだったので靴を脱いで廊下を進み、カーテンの前まで来る。
「お入りください。」
ゆっくりとガラスカーテンを捲りその奥に顔を覗かせた。
「ようこそお越しくださいました、お掛けになって。」
「失礼します。」
言われるがまま占い師の前に腰掛ける。占い師はありがちなオーガンジーの黒いベールを身につけ少し俯いている。
「ご紹介遅れました、本日取材をさせていただきます月刊奇寶きほう篠永直人しのながなおとと申します。」
名刺を差し出すと占い師は俯いたまま両手でそっとすくうように手に取った。

「今回の取材について先だって連絡を取ってました黒崎が体調不良のため私が取材に参りました。よろしくお願いします。」
鞄から筆記具とボイスレコーダーを取り出し、上司からの聞き取りリストに目を通す。

「お聞きかとは思いますが。」
そう言って占い師がベールを取った。意外にも若い女性だった、25、6と言うところか。ネットで噂の占い師、写真NGで素性は明らかになっていない。女性という事は聞いていたので、勝手な想像で低い声の魔女っぽいおばさんが出てくるのかと思っていた。
 髪の毛は黒というより少しグレーがかっており耳が見えるくらい短い。声もよく想像する占い師の低い声、と言うよりハリのある高い声だ。やや黄がかった明るい瞳が印象的だ。

「この後もお待ちのお客様がいらっしゃいますので、本題に入りましょうか。」
「わかりました、早速ですが一つ私について占って欲しいのですが。」
占い師はゆっくり3秒程、僕の目を真っ直ぐ見つめてそれから占い師から見て僕の右肩あたり、続いて左肩、そしてまた僕の瞳をじっと見つめてふっ、と小さく息をついた。彼女は守護霊を見る占い師として有名なのだ。目の動きからして何か僕に付いているソレを観察しているのだろう。

「篠永さん、あなたには比較的強い守護霊が付いていたようです。幼い時、命に関わる病や事故に遭っても奇跡的に助かったという経験は多いのではないですか?」
「そう…ですね。」
確かに僕は生まれた時に呼吸器疾患があり治らないと言われていたが大人になるに連れて完治した。車に轢かれた、轢かれかけた経験も多い。
「あの、付いていた、と言うことは今はその、居ないと言う事ですか?」
「まだ付いてはいるんですが、その、たまにいらっしゃるんです。」
占い師は紙とペン、クレヨンの箱を出してどのように守護霊が付いているかを書き出してくれた。マジックペンで縁だけ書かれた男子トイレようなシルエット(恐らく僕)の周りに紫のクレヨンで肩から頭上にかけて、まるで大きなリュックを背負っているように色が塗られていく。

「子どものうちは自分の力でどうにも出来ない事が多いので、守護霊が守ってくれることも多いんです。特に守護霊が強い場合は良いものを引き寄せたり悪いものから遠ざける力も強い。」
幼稚園児のこどものようなざっくりとしたタッチで僕の背後は紫に。そして片方の肩の上に黒のクレヨンで小さな丸が塗られた。
「この紫はもしかして守護霊ですか?」
「そうです。」
「この黒は?」
「生き霊です。」
そうです、と同じトーンでさらっと告げられた。
「生き霊!?なんでそんなものが。その、生き霊が原因なんでしょうか、守護霊の力が弱まっているのは。」
「恐らく。ただ、生き霊って案外多くの人に付いているものなので。あと、憑かれているご本人の心身の不具合が、逆に守護霊へ影響することもあるんですよ。だからあまり不安にならないで下さいね。」

占い師は常に淡々と、表情を崩さず語りかけている。聞きたいことは山ほど増えてしまったが時間は限られている。頭の中で質問の選定をする。
「ちなみに、守護霊を強くする方法とかあるんでしょうか?」
占い師は、少し目を瞑ってまた息をふっ、と息を吐きゆっくりと目を開いた。
「日頃の行い、生活習慣、これに勝るものはないですよ。結局自分のせいは自分が正しいと思うやり方でしか全う出来ないんですよ。」
「なるほど…。」
納得できたかはさておき、この取材をどう記事にするのかを考えながら1時間前に通った桜並木を歩き会社へ戻った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?