見出し画像

nobara(4)

 深夜1時過ぎ、篠永は今日の取材内容を原稿に書き起こしていた。日中は取材に出回る事が多く、日に何箇所かを回る日は遅くまで原稿作成に追われる事もある。また気になったことは追加で取材をする事もあるためその日中に文章をまとめておかないと掲載期日に間に合わせられない。

 妻の遙子は生花店で働いているため休日以外は朝が早い。もう4時間後には起きてくる。篠永も明日は朝から友人と会う予定がある。
「寝るか…」
パソコンを閉じ、手書きの資料や印刷物を重ねながら紙束の1枚に目をやり手を止めた。今日取材した占い師、真灯の描いた守護霊と生き霊の図。描き方に幼稚さが見える。暫く眺めて他の資料とまとめてクリアファイルに突っ込んだ。

 翌朝、会社近くのカフェへ向かった。テラス席辺りからガラス張りの店内を覗くと一人の男が立ち上がり、電子タバコを手に奥の小さな部屋に入っていく。黒い髪は耳の下あたりで刈り上げられ、顎先には短く揃えられた髭を蓄えている。待ち合わせ相手の沖田だろう。目で追いつつ篠永も店内に入る。レジでアイスコーヒーを注文し喫煙室の前を通る、コーヒーを片手にノックするとこちらに気付いた沖田が携帯に落とした目線をすっと上げ、「(あっち)」と口を動かしタバコを持つ手で右方向に指を差した。差した方を見るとホットコーヒーの置かれた空席が一つ。向かいの席に飲み物を置き席に着くと、後ろから
「お疲れ。」
と言いながら沖田が篠永の向かいに着いた。A4くらいを折りたたんだ茶封筒を机の上に置く。恐らく中は今日篠永が目当ての物だろう。
「篠永、お前と会うの久しぶりじゃない?電話のやりとりはあったけど。忙しそうにしてんじゃん。」
「お互い様でしょ、良いことじゃない仕事がある事は。で、早速だけど、もらってもいいかな。」
「はいはい、忘れる前にね。はい。」
沖田は机上に置いた封筒を押し出しすように滑らし篠永の方へ。篠永は中を除きDVD-Rが入っているのを確認。そのまま封を折閉じ鞄の中へ仕舞う。
「ありがとう、帰ったら確認して連絡するよ。」
篠永はストローを吸いゆっくりコーヒーを流し込んだ。平日の午前8時を過ぎた頃、窓の外は通勤する人たちが無心で往来する姿が見える。

「そう言えばお前ちょっと太ったよな。」
沖田が少しにやける。
「沖田さんは少し痩せ過ぎだよ、お互い若くは無いんだからさ。」
「なんだかねぇ、ありがたい事に仕事に夢中でメシ食うのも忘れる時があるんだよ。」
「そう、僕は相変わらず生きる為に食べてる感じだよ。」

 沖田と篠永の出会いは十数年前、メディア系の専門学校。数年フリーターを経て入学した沖田と18歳で高校卒業後すぐに上京した篠永、二人は専攻こそ違ったが共通の趣味や話題でよく語り合った仲だ。沖田は写真専攻で卒業後は都内の大手スタジオを経てフリーカメラマンに。篠永は卒業後から今の会社に勤め続けている。

「最後に会ったのいつだったけー、お前の結婚式かな?」
「違うよ沖田さんが足折って入院した時に見舞いに行ったじゃない。確かあれ、一昨年の夏だよ。バイクで事故って。」
「あ〜、そうだったね。あれ一昨年か。」
「びっくりしたよ、電話出ないと思ったら『今ちょっと入院する事になったんだ。』って。」
「あの時何で連絡してきたんだっけ?」
「あなたがスタジオ建てて1周年だからって、あなたから連絡してきたんでしょう?かと思ったら急に連絡途絶えるんだもん心配したよ。」
沖田は笑い「ごめんごめん。」と謝りながら耳たぶを軽く摘むように触っている。

「この後用事無いんだろ?ちょっと俺のスタジオに寄って行かないか?」
「あー、結局行けてないもんなぁ。仕事は?」
「入ってるけど大丈夫だよ、ちょっと見学していけば。ちょっと待ってて。」
沖田は誰かに電話をかけながらまた喫煙室へ向かった。

 待っている間、貰った封筒に手を入れ中身を取り出す。クリアケースに納まったディスクの表面には丁寧に撮影日と内容の書いたラベリングが施してあった。
『20XX/3/14 円乗寺』

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?