【日記】晴れた冬のエモさ
「エモい」という言葉を使うと一定数、拒否反応を示す人がいるのはわかっているけれど、それでも「あはれ」というよりはニュアンスが伝わる気がするので使いがち。
そんな、晴れた冬の日。
今日は朝からネイルを直して、そのまま気分転換に外で作業をしていた。
安定のスタバ、周囲のざわめきがほどよくて落ち着く。
途中、考えていたことを横に置いて休憩。
頭が暇になったとき、油断すると思い返されるのは「ある日の教室」の「平凡な日常」。
そういう気分になったときは、その感覚と勢いに任せて、教え子と繋がっているSNSを更新する。
「ある日の教室の平凡な日常」を一緒に過ごした仲だ。ぜひ一緒にエモい気分になってもらおうという魂胆である。
いわゆる、思い出の押し売り。
真冬の手前、よく冷えた冬の日。
文化祭だ体育祭だと、怒涛のイベントラッシュが終わって、少し落ち着いたくらいの時期。
わちゃわちゃしている日々の騒がしさも好きだけど、このくらいの時期のひと息付いたような空気も結構好きだった。
暖房つく?まだや!あ、ついた!
窓際の人、窓閉めてー!
コラー、授業中にマフラーするな!
おーい!膝掛けを枕にして寝るんじゃないー!
そんな、「ある日の平凡な日常」。たまらん。
話しかけると、相応に反応があって「よしよし、みんな生きてて偉い」という気持ちでいっぱいになる。
本気で思ってるよ、いつだって。
仕事したり子育てしたり、それぞれ人生のフェーズに変動はあれど、どこまでいっても愛おしい存在であることに変わりはない。
周りとの比較。自分の人生とは。
日々いろんな感情が渦巻く。
人に言いたいこと。言えないこと。
大切にしたい友達、傷つきたくない自分。
仕事のこと、恋人のこと、将来のこと…。
ああもう本当に、手に取るようにわかる。その言葉にし尽くせない思い。
その道は、かつて私が歩いた道だ。
何かしらの反応をくれることそのものが、尊い。
共有できる過去があることが、嬉しい。
ありがとうね、そこにいてくれて。大袈裟でも何でもない。本当に、毎度たまらない気持ちになる。
やはり私の推し活の原点は、教壇からの景色にある…。
嗚呼、エモい!
できるだけ、誠実にいたい。特に自分には。
心が動かないことに、感動したふりはできないし、かわいいと思わないものにかわいいとは言えない。
好きではない人に好きだと言うことはないし、関わりたくない人に割く時間なんて一秒たりとてない。
ここに至るまで、いろいろ悩んだこともあったけれど、私はそういう人間だという結論に辿り着いた。
頑なになるつもりはない。
柔軟に物事は見ていく、吸い込めるものは吸い込んで、万事自分の血肉にする。貪欲!
──それでも嫌なことは嫌。無理なことは無理。それが全て。
自分の好きな人も、関わりたいと思う人も、自分への向き合い方も全て私のことは「私」が決める。
そんなことを思いながら、コーヒーを飲んで気合いを入れ直し、〆切が近い書き物の世界に戻ったのであった。
良い、冬の日だった!
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