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【ショートショート】 星になった風船

午後の授業。何となく、眠たい空気の漂う教室。
窓際の席に座る私は、机に頬杖をついて窓の外を眺める。

窓際で揺れるクリーム色のカーテン。その向こうに、淡い桃色の花をつけた、ハナミズキの枝が揺れる。時折風が吹いて、校庭に靄がかかるような土埃が、薄く渦を巻く。

校門近くの桜の木は、もうすっかり葉桜になっている。少し前まで満開で、下を通るだけで散った桜の花びらが髪に乗るくらいだったのに…。

ふと視界の端の方で、赤い何かが揺れているのが見えた。
私たちを守るために作られている、校庭をぐるりと囲むブロック塀が邪魔をしてよく見えないけれど、ふわふわ揺れながら動くそれは、どうやら風船らしい。

誰かが、赤い風船を持って歩いているようだった。
風船を持って歩いている人を、街中で見るようなことがないから、私は思わず興味を持って目で追う。

どんな人が持っているんだろうと、何となく気になって校門も前を通る瞬間を待つ。赤い風船は、ふわふわ楽しげに揺れながらブロック塀の前を移動していく。

もう少しで校門の前に来るという、その瞬間

「ーあっ」

赤い風船は誰かの手を離れ、空に上っていった。私は思わず声を出してしまった。
隣の席の友人が「どうしたん?」と声をかけてくる。

「いや…」
青く晴れた空に、赤い粒がよく映える。目を離したくなくて、風船の行方をじっと見つめる。うまく言えないけれど、私はその絵がとても綺麗だと思った。

「そういや卒業旅行どこ行く?どっか行きたいとこ無いん?」
「うーん…」

目で風船を追いながら、思いつくままに呟く。

「どこか、遠いところ」

「え、いいやん!ディズニーとか行っちゃう?」
ランドかな、シーもいいよな!と嬉しそうな友人の声を尻目に、そっと目で追い続ける。あまり風がないようで、ぐんぐんと風船は高度を上げ、みるみる小さくなる。

私はそっと目を閉じて、そのまま赤い風船がずっとずーっと高いところまで、ただ昇って行く想像をした。
大気圏とかオゾン層とか、そういう全てを物ともせずに突き抜けて、星明かりの溢れる宇宙に到達する「赤い風船」を想像して、何となく満足した。

そしてそのまま、風船が星になったら素敵だなとも、思った。

そこまで想像してからそっと目を開けて、窓の外に風船を探してみたけれど、もう見えなくなっていた。きっと、あれは星になりに行ったのだと思う。

そう思うことにした。

静かで透き通るような空気の中、暑くも寒くもなくて、ただそこに浮かんでいることに意味がある風船。
赤く揺れるそれをもう一度思い浮かべて、私は友人に返事をした。

「いいね、ディズニー。行こいこ!」


(1063文字)


=自分用メモ=
昨日の今日で、話の内容にひどく迷った。そんな中、友人の結婚式でバルーンリリースをしたことをふと思い出した。
真っ青によく晴れた雲ひとつない空に、カラフルな風船が飛んでいく光景が、今でも何だかとても印象に残っている。普通飛ばしてしまうと悲しくなる風船を、惜しげもなく「みんな」で空に贈る幸せ。飛ばすことに意味のある風船が、この世にあることを私はそのとき初めて知った。

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