【ショートショート】 「この夜」を渡るために
深夜二時、スマホの画面がぼうっと光る。
日曜日の夜中に、こんな時間まで起きているやつなんて、私には一人しか心当たりがない。
光った画面には、想像した通りカオリの名前が眩しく示されている。ベッドに寝転んだまま、スマホを手に取り通話ボタンをタップして応じてあげることにした。
「…なにー?」
「お、やっぱり起きてた」
夜の隅っこで、だらだら睡魔を待っていた私を知ってか知らずか、声の主は嬉しそうだ。深夜に相応しくないその声の明るさに、ちょっと笑ってしまう。
「お、じゃないでしょ」
「おうおう!」
またこんなド深夜に…と小言をいう私に、彼女はくすくす笑ってはいはいとおどけてみせる。これもまあ、いつものことだ。
いつまで経っても掴みどころのないやつだなあと思いつつ、私はそんな彼女をなぜか蔑ろにはできない。
「そんで、用事は何」
「えー別にー」
できるだけ素っ気なく言ってみるも、彼女が気にした様子はない。
そもそも気にする人は、こんな深夜に電話なんかしてこないかと思い直す。電話口から鼻歌が聞こえてきたあたりで、長くなりそうだなと踏んだ私は、イヤホンを外してスピーカーに切り替えた。
「日曜の夜って、特に長いと思わない?」
「逆じゃないの。私めちゃくちゃ短く感じるんだけど」
「ふうん、そんなもんか」
「あーもう月曜かー、明日からまた学校だなーってなるじゃん」
「まあねえ」
ふと沈黙が訪れる。
その束の間の静けさを、微かな風の音と、車のクラクションのような音が通り抜けていく。
「カオリ、今どこにいるの」
「んー」
ごうっと風が吹く。電話越しに、カオリが揺れて見えた気がした。
「いま、夜のフチを歩いてる」
「訳わかんないこと言ってないで、どこ」
すんっと鼻を啜るような音が聞こえて、横になっていた私はそっと体を起こした。
「…早く大人になりたいなあ」
「まあ、とりあえずあと一年もしたら制服はコスプレになるよ」
「確かに」
「ということで、明日の放課後カラオケ行こうよ」
えー意味わかんないーどうしようかなーなんて言いながら、電話の向こうのカオリが輪郭を取り戻していく。
「駅前のケーキ屋の新作ケーキ付き。どう?」
「それは君が行きたいだけでしょ」
「当たり前だよ、ケーキを食べるという大罪は一緒に背負ってもらわないと」
「こんな時間にケーキの話をしている時点でかなりの罪だ」
他愛のない話の中に、カオリの言葉にならない思いをそっと拾う。いつだか、家族との折り合いが悪いと漏らしてくれたことがあった。
数年前、親の仕事がうまくいかなくなって、家族の形がじわじわ変わっていくのを眺めてきた私にはカオリの気持ちが、多分、少しだけわかる。
この深夜の散歩も、きっとその辺りに理由があるのだろう。
「とりあえず、一旦家に帰りな。明日の一時間目、英語の小テストなの忘れてないよね。あれ受けなかったり、点数取れなかったりしたら放課後潰れるんだから、ちゃんと受けにきなよね」
「うげえまじでだるいなー」
ぶつくさ言いながら歩き出した、カオリのその足音を私は静かに聴く。
こんなふうにして、私たちは「この夜」を一緒に渡りきった。
明日は、もうすぐそこにある。
太陽が出れば、私たちはまた、あの教室で机を並べて授業中に夢を見るのだろう。
(1338文字)
=自分用メモ=
登場人物の名前を、できるだけ出さないで書くという縛りで書き上げた。また、高校という単語を使わずに女子高校生のリアルを描いてみるよう努めた。
たかが高校生、されど高校生。彼らはいつも、「大人」が思っている何倍もシビアなリアルを歩いている…。
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