見出し画像

【ショートショート】 いつも通りの、朝

 その日は朝からいい天気だった。
 いい天気すぎて、登校しただけで汗だくになるくらいだ。取り立てて何もない、いつもと何ら変わらない平凡な朝ではあった。

「よお」
「よお!昨日言ってたお笑い番組観た?」
「観た観た。めちゃくちゃ笑いまくったせいで、おやじにうるさいってキレられたもん」
「想像できるわー、お前声でかいもんなー!」
「うるせえよ!」
「あ、タクおはよー!」
「おう、おはよ」
「タクは観た?」
「ん、何の話?」

 騒がしいクラスメイトを横目に、自分の席につき頬杖をついて会話に加わる。

 いつも通りの、朝。
 何も変わらない、平凡な朝…だと思っていた。

「おい、たーやんが先輩と歩いてるぞ」

 窓の外をぼんやり眺めていたヤマダが言う。え、まじで?どこどこ!と周りにいたか奴らが騒ぎ出し、一気に窓際に駆け寄る。

 もともと窓のすぐ近くに座っている俺は、覗き込むことなく、先輩と楽しそうに話し、笑い合いながら校門をくぐるたーやんが見えた。

「おー!ついに告ったんかな」
「え、いつの間にそんなことになってんの?」
「先輩から告られたとか聞いた気もするけどな」
「まじかよ夏みたいだな」
「夏なんだよなー」
「朝からアツいなー、やってんなー!」

 ヤイヤイ騒がしい奴らを横目に、俺は「平和だな」と思う。
 好奇心むき出しの野次馬根性丸出しだとしても、人の幸せを囲めるのは良いことだな、なんてことも思う。多少の羨望やら嫉妬やらには気づかないこととして。

 ふとそのまま視線を教室に戻すと、席に座ったまま目に涙をいっぱい溜めたシマザキと、その背を撫でる友人たちが目に入った。
 なるほどなあ…。よくわからないけど、この一瞬にいろんな想いがこの教室に飛び交っているわけだ。

 大丈夫?とか、トイレ行く?とか、いろんな言葉をかけられて涙を堪えていたらしいシマザキは、ついに顔面を手のひらで覆って泣き出した。

 人を好きになるって、大変なことだなと思った。

 自慢じゃないけど、俺はいま特別に「好きな人」というものがいない。いや、いないわけじゃない。それでいうと、俺の周りには「好きな人しかいない」とでも言うのだろうか。

 苦手な人とはあまり積極的に関わることがないし、そもそも人見知りも手伝って社交的な人間ではない。
 自ずと周囲にいる人間は、年齢も性別も関係なく俺にとって「好きな人」で固められていて、それ以上でも以下でもなかった。

 そんな俺からしてみたら、先輩の横を楽しそうに歩いていたたーやんも、たーやんの恋が実ったらしいことを知って涙を流すシマザキも、未知の世界の不思議な生き物だった。

 羨ましくないわけではない。そりゃあ少しでも早い段階で、「この人!」という1人を見つけられて、この先ずっとその人と幸せを共有していけるなんて羨ましくないわけがない。

 でも、強がりでも何でもなく、俺は今が十分楽しくて満足していて、そういう惚れたはれたの界隈に自分が踏み込むことはしばらくない予感がある。

 みんな、どうやって「好きな人」を見つけるのだろう。いつか俺にも、「この人!」となる人が見つかるような日が来るのだろうか。

 ざわつく教室。
 賑やかなクラスメイト。
 愛すべき友人たち。

 いつも通りの、朝。

 いつもと変わらないつもりの俺と、少しずつ変わっていく周りの人たち。

 絶対に戻らない、ただただ過ぎていく時間…。

 別に欲張る必要はない。いまが永遠に続くなんて、思ってもいない。
 それでも俺は「いま」、俺が生きるこの場所を大切にしたいと思った。

 それと同時に、照れたように笑いながら教室に入ってきたたーやんと、泣きながら友達に背中を撫でられて教室を出ていったシマザキが、最終的に同じくらい幸せになればいいなと、思った。


(1525文字)


=自分用メモ=
幸せなんて、本当に人の数だけあって、1人だろうが2人だろうが、若かろうが大人だろうが関係なく我々の周りをぐるぐるしている。それでいい、それでいい。幸せなんて、そういうものなのだと、思う。
いろんな年代の人と話しをする機会を得て、その中で感じたことを落とし込んだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?