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【ショートショート】 神様の通り道

「そこ、神様の通り道なんやで」
 その神社の鳥居をくぐったとき、僕の耳元で、誰かが確かにそう言った。

「…え?」
 慌てて周囲を見渡すも、周りには誰もいない。風に吹かれた木々がざわざわと揺れているだけである。

(空耳…?)
 首を傾げながら、視線を前に戻して、また歩き始める。昼休憩の時間は限られている。午後のアポに遅れるわけにはいかないから、早く戻らなくては…。
 とはいえ、せっかくここまで来たのだし、お参りだけはしていきたい。さっきまで必死に登っていた、なかなかの段数の階段を思い出しながらそう思う。

 今日は朝から失敗続きだった。
 まず、定期券を忘れて久々に切符を買うことになり、乗る予定だった電車に乗り損ねた。遅刻をするほどではなかったけれど、正直焦った。
 出社した後も、会議のために用意する資料の部数を間違えていたり、急いでコピーしようとしたときに限ってコピー機を詰まらせたり…。

 午後から入っていた出張に何かあっては困ると、念のためにかなり早めに目的地付近に着いた先で、気になる神社を見つけてふらりと入ったのが数分前のことだ。
 アポに遅刻することはあり得ないにしても、朝からの不運を祓うようなつもりで足を踏み入れた以上、お参りをせずに引き返すことは避けたかった。

 時間にかなり余裕があるとはいえこれ以上の失敗はできないと足早に、幾つ目かの鳥居をくぐる。

「ねえ、聞こえてるやろ?そこ、神様の通り道やって」
「…え、誰…?」

 また、声が聞こえた。今度は確かに聞こえた…!と思うと同時に、思わず返事をしてしまっていた。

「鳥居の真ん中は、神様のための道なんやで」

 どうっと風が吹き、そのあまりの強さに目に何かが入りそうで、思わずギュッとつむってしまう。その後、そろそろと目を開けると、そこには小学生くらいの女の子が立っていた。
白いTシャツに茶色いスカート、白いスニーカー…。どこにでもいそうな、普通の女の子だ。歳は小学校低学年くらいだろうか。

「大人は、ほんまに話しを聞くのが下手やんね」
 こないだ来た子どもは、すぐに言うことを聞いて道を開けてくれたのに…と心底呆れたと言わんばかりに続ける。

「え…っと」
「もう一回言うたるわ。鳥居の、真ん中は、神様の、通り道なんよ」

 腕を組み眉間に皺を寄せながら、大きな声ではっきりと僕に言い聞かせるように、そう言って見せた。

「はあ…」
「さっきからずーっと、神様の通り道を歩いてるんよ。あなた」
 彼女は組んだ腕をほどき、僕の足元を指差しで示しながら、呆れたような声でそう言った。その指先を見ると、確かに道のど真ん中を歩いている。

「あっ、すみません」
 慌てて右に避けた僕を見て、満足したように女の子はうんうんと頷いた。そのままひょいと僕の方を見て、ハッとしたような素振りを見せ何かに会釈をする。何なんだ、一体。誰なんだ、この子…。

「一つ、いいこと教えてあげる」
 こちらの反応など気にも止めず、彼女は僕の目をじっと見て言う。

「もっと、よく聞いた方がいいよ」
「…な、何を…?」

また、どうっと風が吹く。体がよろめきそうになるくらいの勢いに、思わず力を入れて踏ん張る。

「風を」
「かぜ…?」
 話が見えなすぎて混乱している僕に、ふうとため息をついて、彼女は口を開く。

「起こる出来事には、全部理由があるねん」
「理由…」
 呆気に取られすぎて、オウム返ししかできていない僕を、置き去りにして彼女は続ける。

「見えるものが全てじゃあない。もっとよく聞かなあかん。テイキケンは、カバンの底にあるよ。でも、あのときあの電車に乗っていたら、あなたは今ここにいないかもしれなかった」
「…」

 理解が及ばず、黙り込む僕の顔を下から覗き込んで言う。
「あなたはたくさん守られている。失敗は目に見えている部分だけやと失敗やけど、それが全てじゃないんよ」

 どうっと、また風が吹いて彼女が少しよろめく。

「起きることには、全て理由があるねん。大丈夫。失敗は失敗であって、失敗じゃないってだけ」
 あ、ということはあなたがこの道を歩いていたのは、私がこれを伝えるためやったんか…!と彼女は独り言を言う。

 そう言い残して、さらにどうっと吹いた風に紛れるように彼女は消えた。それとほぼ同時に、目の前に小さなお社が見えた。
 お社の両脇には、狛犬ならぬ狛狐がいる。…ここはお稲荷さんだったのか。

 狐に化かされたような顔をした僕の、耳元でまたあの声が響く。

「ーー神様の通り道から、ようお参りーー」

 深呼吸をして、とりあえずお賽銭箱を探して小銭を入れた。
 失敗は失敗であって失敗じゃないー。言われた言葉をそっと反芻しながら手を合わせ、もう一度深呼吸をしてふと時計を見る。

「うわ、やば!」
 アポの時間が迫っていることに気がつき、神社の入り口を目指して踵を返す。ほんの束の間だと思っていたのに!

 その帰路、道の真ん中は避けるように気を付けたのは言うまでもない。


(2007文字)


=自分用メモ=
失敗は失敗であって、失敗ではない。哲学的な言葉だけど、私はその通りだと思う。何かやらかしたときは、その言葉を心の中で思い浮かべながら自己肯定をしがちだ。「女の子」についての描写を中途半端に書いてしまったなと、今し方読み返して少し反省したけど、この反省にもきっと意味があるに違いない…!?

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