【ショートショート】 まっすぐ
「お前さあ、線くらいまっすぐ引けよ」
ユウタは、俺のノートを写させてもらってる身のくせに、偉そうにそんなことを言う。俺の引いた下線があまりにヨレヨレなのが気になるらしい。
「うるさいなあ、線なんて見えたら何でもいいだろ」
文句言うなら返せよと言うと、「それとこれは話しが別!」なんてノートを抱え込んで都合のいいことを言い出す。本当に面倒くさいし困ったやつだ。
それでも、俺はそんなユウタを憎めないし、そもそもそんなに友達の多いタイプではない俺にとって、ユウタは貴重な存在だった。
「なあ」
「何」
「お前、結局掃除どうすんの」
「ああ…」
不意に現実を突きつけられて、俺は黙り込む。
「ごめーん、俺ら放課後にちょっと用事があって掃除できないんだよね」
「悪いんだけど、掃除当番やっといてくんね?」
「えっ…」
「すまん!助かるー!持つべきものは友達だよな、まじありがとうな!」
「いや…」
「んじゃ、よろしく!ーー」
クラスのいわゆる1軍の奴らに、強引に掃除を押し付けられたのは数分前のこと。この昼休み、教室で席が前後のユウタにノートを貸して適当にだべっていたら、急に囲まれてしまった。
彼らは、俺の返事を待つことなく言いたいことを好き勝手言って、そのまま去った。ユウタは、最前列でその一部始終を見ていた。一言も口を挟むことなく、まるで無関係と言わんばかりの顔で、俺のノートを写しながら。
「教室掃除とかならまだしも、お前の今日の当番って別館のトイレ掃除だろ?あそこを一人でってダルすぎんじゃん」
「まあな…」
ユウタは俺の方を見ることなく、手元を動かし続ける。写すべき箇所はあと半分、昼休み中に十分間に合いそうだ。
「嫌なことは、嫌って言っていいと思うぜ」
言ったら言ったで面倒くさいことになりそうってのも、わからんではないけどさあ…とユウタはこちらを見ることなく続ける。
「まあ…俺なんてそんなもんだから」
窓の外でわあわあ遊んでる学生たちを、遠く眺める。
「…」
ふと視線を感じてユウタを見ると、手を止めて真っ直ぐな目で俺を見ていた。
「…何」
「お前、どんな顔してそんなこと言うんだよ」
「どんなって?」
「嫌な顔」
人の顔見て嫌な顔とは、なかなか無礼なやつだ。でも…。
自分がどんな情けない顔をして「俺はそんなもん」と言ったのか、ある程度は自覚があったので返す言葉が見つからない。
「…おい、何だよこの線。まじで線引くの下手だよなあ」
俺の気分を探ろうとするように、ユウタはノートに視線を戻してこちらに聞こえるように呟く。
そんなもんって、自分で言う俺ってどんなもんなんだろうなあ。
ぼんやりと、そんなことを考える。そうこうしているうちに、予鈴のチャイムが鳴って周囲がザワザワし始める。
俺に掃除を押し付けた奴らも、肩を組んでふざけながら、わいわいと騒がしく帰ってきたのが見えた。
そのとき俺は、俺が「どんなもん」か確かめようとふと思い立った。今になって思うと、完全に勢いだけの行動だ。
両の手をグッと握り締め、迷いなく奴らの溜まっているところへ行って、その拳にさらに力を込めながら口を開いた。
「なあ、掃除はみんなでやろうよ。当番だろ」
思ったより大きな声が出た。図らずもそのとき教室にいたクラスメイトの注目を浴びてしまう。拳の中に、じっとりと汗を感じる。
「俺だけがやるのはおかしいから、みんなでやろうぜ」
「お…おう…」
もう一度念を押すようにそう言うと、俺にそんなことを言われると思っていなかった奴らの口から何とか返事を引き出せた。なんだ、言えるじゃないか。
そのまま踵を返し、自分の席に戻る。周囲は様子を見ているようではあったけど、あっという間にざわざわと元の空気に戻っていく。
「うまいじゃん」
片肘をつきながら、俺の顔をニヤニヤして見上げてユウタは言葉を続ける。
「まっすぐ、線引けたな」
「…おう」
まもなく初夏の午後の風を縫うように、授業開始のチャイムが鳴った。
(1619文字)
=自分用メモ=
同級生だとわかっていても、何となく話すとき萎縮してしまう相手がいた。萎縮してしまう自分を情けなく思う瞬間が、あった。そんな「瞬間」をふと思い出しながら、書いた。
「まっすぐ」はときどき人間関係に摩擦を生む。それでも、長いものに巻かれ続けるわけにはいかない時が、ある。その摩擦をいかに耐えるか、いかにスムーズに乗り越えるかは、思春期の子たちが一度はぶつかるものだと思う。幾つになっても、あの摩擦で心がザリザリする感覚を思い出す…。
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