【ショートショート】 星追いの森
「目を閉じると、星の落ちる音が聞こえるよ」
その人はそう言って、静かに目を閉じて見せた。
優しい声は静かに闇に溶け、よく手入れされているらしい長い髪が夜風に舞う。
すらりと高い背丈に、神様が丁寧に作ったような絶妙なバランスに伸びたその四肢は、まるで陶器のように滑らかで白い。
私がその森の中で出会った人は、そういう人だった。
木が生い茂り、月明かりもあまり届かないような仄暗い森の中で、私はその人と出会った。
星を探して、夜通し歩き続け、森の中の少し開けたところに出た瞬間、目の前にその人がいた。人に会うなんて思ってもいなかった私は、声が出そうなくらい驚いた。
「星を、探しているんです」
手にちゃちな星拾い用の網を握ったまま、私は聞かれてもいないのにそう説明した。もうすっかり迷子になっていることに、私はそのとき気がついた。
そんな私に、その人は冒頭の答えを寄越した。
「星の落ちる音?」ピンときていない私に、その人は目を閉じたまま言葉を続ける。
「そう。星の落ちる音。無闇に探し回っても、見つからないときは絶対に見つからないよ」
「でも私、どうしても星を見つけないといけないんです」
「だから星の音を聞くといいんだよ」
数刻前より、空が白み始めている気がする。東と思しき方を向くと、その色で朝が近づいていることが見てとれた。
「日の出までに探さないと、星は見えなくなってしまうと聞きました」
「それでも、星そのものは無くなるわけじゃないよ」
昼間でも、星は光るし落ちる。みんな見ようとしていないから見えていないだけで、とその人は続ける。
「それに、そんな網では拾えないよ」
その人はようやく目を開けて、私の手元にある虫取り網より一回りくらい大きな網を見てそう言った。
何もかも見透かすような、真っ直ぐで透明な目をしていた。
「星は多分、君が思っている何倍も小さい。そんな目の粗い網だと通り抜けて消えてしまうよ」
「そんな…じゃあどうすればいいですか」
ただひたすら焦る私を見て、その人はふうと細く息を吐き、少し笑ってみせる。
「手で拾うのよ。音をよく聞いて、落ちてくる場所を見極めて、消えないようにその手で守るんだよ」
両手をお椀のように丸めてくっつけて、ほら、こうやって、とその手を私に見せてくる。
「君は星を拾えるし、星は君を救うことになるよ」
「私を救う…」
「そう」
そこまで言うと、その人はまたそっと目を瞑った。
手をお椀のように重ねたまま、私もそれに倣う。
真っ暗な中で、耳で星を見ようとする。静かに息をして、ただそっと星を探す。
「ほら、聴こえるよ」
男性とも女性ともつかない淡い声が、暗闇の中で私をいざなう。
そしてそっと、そのときを知らせた。
私は無我夢中でそれを追い、星の尾を辿って夜を超えることに成功した。
(1149文字)
=自分用メモ=
久しぶりに、「抽象的な不思議な話」を描きたくなった。
「その人」と「星」はそれぞれ、自分の中にあるキーワードを置き換えた話に織り込んだものである。読んで何となくでもそのイメージを掴める人がいたら、多分私と近い感覚を持っている人だと思う!
例えば、「星」を「話のタネ」と置き換えたら、少しは全体が見えるだろうか…?
たまに、頭の中に浮かぶまま、想像のままに文章を書くと楽しい。とりあえず今日のテーマが決まらずどうしようと悩んでいた私は救われたので、よかった。笑
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