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異星人との異文化交流記録

ああ、あなたみたいなひとをヤンママと呼ぶのね!マダムわれに駆け寄る
/春野りりん『ここからが空』

十数年前に記した 息子 ξ(仮名)の育児日記を読み返しています。
ひとごとのように可笑しい。
育児日記というより、異星人との異文化交流記録のようです。
たとえば、生後3か月のとある日。

ミルクを飲む ξ は、どういうわけだかかっきり半分で小休止を入れます。急に哺乳瓶から口を離したかと思うと、一度大きな笑みを浮かべ、威勢よく喋り始めるのです。私の目をしっかりみつめて語りかけるので、私も ξ の目をみつめ返してどんなお話だろうと想像します。
 ξ の言葉を喃語のまま復唱して相槌を打ち、くるくる変わる表情に心を寄せると、話の内容がリアルに立ち上がるかのようです。 ξ がやってきてから私にもこれだけ日記に書くことがあるのだもの、 ξ だって新しい世界にやってきて話の種は尽きないはず。
初めこそ ξ は静かに語っているのですが、話が進むにつれて、いっそう表情が豊かになります。ときどき、バカ殿みたいな顔で「アイーーン」と言ったりするので、「ふむふむ、起承転結の承ぐらいまで来たのね」と合点して耳を傾け続けます。
ところが、ドラマティックな展開に自分でさらに興奮を募らせ、語り手 ξ は聴き手の存在などすっかり忘れて海老反りになります。そして、もう私と目を合わせられない彼方まで行ってしまい、足をばたつかせて、激しく腕を振り回すのです。私は聴き手としての存在を忘れられるばかりか、パンチを喰らう始末。腕から ξ が落ちないように支えるだけで精一杯です。もうこうなると、語りの内容どころではありません。

突然、そこで ξ の話はおしまいに。「結」はどこに行ってしまったの・・・と呆然とする私を取り残して、 ξ は何事もなかったかのように唇と舌を動かして見せ、ミルクの続きを要求するのです。

後半のミルクの時間は、非常に苦痛です。思い出し笑いをこらえるのが大変で。うっかり笑ってしまうと、ξ は「どうしたの?」と喃語で話しかけてきます。そして笑いをアンコールと誤解するのか、また喋り出してしまうのです。
終わりなき授乳時間。

デコポンに顔を描かむとキッチンに行けば息子がすでに描きをり
/春野りりん「短歌人」2017年6月号

自由な母と自由な息子
こんな私を選んで、 ξ ははるばるやって来てくれたのでしょう。
ありがとう。

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