マガジンのカバー画像

【ものがたり】ショートショート

60
短い物語を。温かく見守ってください。修行中です。
運営しているクリエイター

#毎日note

袖摺れの君 #旅する日本語

「結婚、しようかな」  君が突然言うから、私はとても驚いた。   君と私は、もう15年近く傍にいる。一緒に寝たことはない。それでも私たちはお互いのものだった。 「お前の存在をいやがる彼女なんていらない」  冷たくそう言った君を思い出す。私はいつでも君の中の1番の女で、これからもそうだと思っていた。  袖摺れ、と言えるほどの距離が私たちには当然のようなのに。  それでも私たちは決して重ならない。だからこうなんだろう。  この距離を、新妻になる彼女はどう思うのだろう。 「旅

過去からの声 ~ショートショート~

「――――くんが、昨日の夜、亡くなりました」  珍しく定時に出社してきた飯島部長の言葉に、フロアが一瞬しんと静まり、それから大きくざわめいた。飯島部長は沈痛な面持ちで一同を見回している。 「本日18時から通夜で、明日が葬儀だそうです。こちらからは、遠藤社長とわたし、直属の上司にあたる丸井くんが列席します」  他にも希望者がいれば名乗り出るように、と言葉は続いたが、ぼくはそんなの聞いちゃいなかった。社長がわざわざ、役職もついていない一般社員の葬儀に参列するか?  ぼくと同じ疑

食べる穴 ~ショートショート~

 彼は孤独だった。  ずっと隣にいた人がいなくなって、ひとりになった。  その人は、彼のもとを離れたわけではなかった。彼がその人のもとを離れたのだった。  なのに彼は孤独だった。  最初、彼はひとりではなかった。  彼のもとを訪(おとな)いたいと声をあげる人も多かった。  でも違った。だれもその人のようではなかった。彼は首をひねって不思議がった。  どうしてだれも、ちがうのだろう。    朝がきて、夜がきて、また朝がきた。何度も何度もそれが繰り返された。  ある日、そ

座敷童の居場所 ~ショートショート~

 おばあちゃんの家は、ぼくの家から車で3時間くらいかかる田舎にある。周りは田んぼと畑ばっかりだし、夜はずっと蛙と虫の声がうるさい。近くに公園なんてないし、ゲームセンターなんてものもない。ないない尽くしだけど、ぼくはおばあちゃんの家が好きだった。  従兄弟たちと鬼ごっこやかくれんぼができるほど広い家は、どこの部屋でも畳と木の匂いがする。ぼくの家では絶対しない匂いだ。  その中のひとつの部屋で、ぼくはその子にであった。  従兄弟たちが来るのは明日で、ぼくはひとり家を探検してい

Misson1. その能力、危険につき

「は?」  私は目の前の男を睨みつけ、思い切り脚を組んだ。額から汗を滲ませ、縋るように見詰めてくる男の姿は滑稽で、それでも私は一寸たりとも笑えなかった。二つ名の由来にもなっているトレードマークの赤毛を掻き上げ、念押しでもう一度訊く。 「ここにないっていうのは本当なの?」  男は必死の形相で頷く。その目に嘘偽りがないことを読み取って、私は不快感に顔を歪めた。まず疑ったのは情報漏洩。けれどそれはないだろうと否定する。今回の指示はあの秘密主義で有名なレイモンド司令官からのもので、彼

午前1時の喫茶店 ~ショートショート~

 しとしとしと。  音はしないが気配がする。  時刻は0時50分。終電を逃した私は、喫茶店に身を寄せた。昭和を通り越して大正とでも言えるような、レトロな香りがするお店。きらきらしたカフェやカラオケなんぞには行きたい気分になれなかったから選んだ、ひっそりとしたお店だ。  「お好きなお席にどうぞ」と言われた私は窓際の席を選び、まず濡れた鞄をハンカチで拭いた。  黒とグレーの間の色をした革の鞄。丁度掌が収まる持ち手は金。ぱきっとした絶妙な柔らかさを気に入って、今日のために購入した特

夢には破れない ~ショートショート~

『俺は夢破れた者を、負け犬だと思ったことはない。だけど引きずり続ける夢を言い訳にして他を蔑ろにするやつは人生の敗残者やと思うけん』  高校生2年生の頃、図書館の片隅で読んだ小説に、その一文があった。その頃はとにかくたくさんの小説を読んでいたから、他に埋もれて内容の詳細は覚えていない。けれどその一文は、なぜか私の中に残り続けた。  残り続けたと言っても、座右の銘になったとかそんなことは一切ない。なんならほとんど思い出すこともなかった。ただ、意識のどこかに記憶されていた、という

カントリーロード ~ショートショート~

 ふと、田舎の空気を嗅いだ気がして、智世(ちせ)は顔を上げた。幼い頃はここにいつも満ちていたのに、周囲の都市開発の影響ですっかり過去のものとなってしまったそれ。  懐かしい、なんて感傷はないまま、智世はただ深呼吸した。  葬儀のために帰省して、今日で6日目。諸々の手続きをがむしゃらにこなし、ぽっかりと空白が生まれた1日である。暇を持て余し、家にいるのも億劫な気がして、智世は散歩に出ている。幼い頃から何度も通った道。見える景色は、ほとんどが記憶と一致する。いなくなった人も、増

慰めのデュエット ~ショートショート~

 貴方は狡い。私は何度も何度もそう思う。けれどそんなの貴方は分かってるだろうから、顔に出してなんてあげない。欲しそうな言葉をかけてなんてあげない。  私はいつでも笑顔で、優しい。優しく貴方の言葉に頷くだけ。 ◆◇◆◇  その日、私は珈琲を飲んでいた。昨夜はちょっとした飲み会で、その後男の家に泊まりに行ったものだから帰宅が遅かったのだ。夕方まで寝ていたから夜になっても全く眠気が来ず、いつもの場所でいつものお酒でなく珈琲を飲んでいる。  貴方はものすごく落ち込んだ様子でやって

記憶に生きてい ~ショートショート~

 忘れたくない記憶は、ありますか? ◆◇◆◇  黄昏を思わせる、薄暗い一室。がらんとした部屋に置かれているのは、淡い色の木で作られた文机と中身がほとんど入っていない本棚。そこにひとりの少女がいた。  腰まであるつややかな黒髪を持つその少女は、部屋の中心に膝を抱えて座っていた。幼くあどけなく見える顔立ちをしているが、体型はもう大人のそれのようで、ひどくアンバランスだった。  ゆらり、ゆらり、と少女の身体が揺れる。反響する声が部屋を満たした。 ――あ、ちょっと! またそんな

それで君は幸せになれるの? ~ショートショート~

「またあかんかった!」  電話口の友人は今日も元気だ。私は見ていたアニメの音量を下げて、彼女の話に耳を傾ける。どうやらまた、男とうまくいかなかったらしい。 「またかよ~。ほんまあほやな」 「もういやや! なんでどいつもこいつもこうなんの!」  喚くくらいならやめればいいのにと思う。彼女はいつもいつも、だいたい同じ経緯でだめになっているのだから。だから私は笑いながらそれを指摘する。 「すぐヤるからやん?」 「いやだってまあ、楽しいし、求められたら嬉しいやん?」  返答に苦笑いし

不幸だなんて誰が決めたの ~ショートショート~

「またあかんかった!」  叫んだのは、私。26歳のいい年した大人が自宅で電話に向かって喚いているわけだ。電話の向こうにいる10年来の友人は、私の台詞に苦笑を返してきた。 「またかよ~。ほんまあほやな」 「もういやや! なんでどいつもこいつもこうなんの!」  私はつい先日の合コンで会った男と、いわゆるイイ感じになっていたところだった。ところがそこで、ぷっつりと連絡が途切れて、今に至る。  男にフラれて、――フラれるほどの仲にもなっていないのだけれど――、とにかく関係が駄目になっ

留学生 ~ショートショート~

 私には恋人がいる。その恋人は、付き合って僅か1週間で海外留学に行ってしまったけれども。  見送りの日、彼はぎりぎりまで群衆の中で私の手を握っていた。その温もりを残り香のようにして、私は何も変わらない毎日を過ごしている。 「櫻井さん?」  アパートの廊下で、ひとりの男性に話しかけられた。このアパートは私の通う大学の学生が多く住んでいるところで、私はこの廊下の突き当りに部屋を借りている。声を掛けられたのは部屋に戻る途中だった。 「はい?」  私の3つほど手前の部屋から出てきた

あめのこおひい ~ショートショート~

 雨の日は嫌いだ。  あの日、初めて勇気を持って告げた「いやです」の言葉が頭でリフレインする。その後に続く、あなたの「ごめん」も。 ◆◇◆◇ 「雨の日は珈琲を飲むといいらしい。香りが立つんだって」  嬉しそうに報告するあなたは、どこでそんな知識を手に入れたのやら。紅茶党の私はたいして興味もなく、ふうんと返しただけだったけれど。  香りなら紅茶の方がいいと思う。フレーバーティーというのも今流行っているから、本当に色々な香りがあって飽きない。  私の素っ気ない態度にもめげずに