食べる穴 ~ショートショート~

 彼は孤独だった。
 ずっと隣にいた人がいなくなって、ひとりになった。
 その人は、彼のもとを離れたわけではなかった。彼がその人のもとを離れたのだった。
 なのに彼は孤独だった。

 最初、彼はひとりではなかった。
 彼のもとを訪(おとな)いたいと声をあげる人も多かった。
 でも違った。だれもその人のようではなかった。彼は首をひねって不思議がった。

 どうしてだれも、ちがうのだろう。

 
 朝がきて、夜がきて、また朝がきた。何度も何度もそれが繰り返された。

 ある日、その人の夢を見た。それを話そうと思ったのに、その人はいなかった。

おかしいなあ。

 
 その人を探そうと思った。けれど彼は、自意識と自尊心でがんじがらめになって動けなかった。
 いずれきっと会いにきてくれると、彼は思った。

 彼は待った。

 朝がきて、夜がきて、また朝がきた。何度も何度もそれが繰り返された。

 やっぱり彼は孤独だった。
 だれがどれだけ彼を訪っても、彼は孤独だった。
 心臓が痛くなって気分が荒むようになった。だれも彼を癒してはくれなかった。

痛いなあ。

 朝がきて、夜がきて、また朝がきた。何度も何度もそれが繰り返された。

 ある日、懐かしい人の夢を見た。話したいと思ったのに、だれに話したいのかわからなくなった。
 

 おかしいなあ。


 彼は忘れた。待っても待ってもこないその人のことを。
 ずっと隣にいた人のことを、心の穴におしやった。


 いまでも彼の心には、穴があいている。
 たまに痛むけれど、なぜかは知らない。

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劇調のストーリーをかいてみたくて、新しいテイストに挑戦。
イメージは、ひとりきりの舞台です。

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