カントリーロード ~ショートショート~

 ふと、田舎の空気を嗅いだ気がして、智世(ちせ)は顔を上げた。幼い頃はここにいつも満ちていたのに、周囲の都市開発の影響ですっかり過去のものとなってしまったそれ。
 懐かしい、なんて感傷はないまま、智世はただ深呼吸した。

 葬儀のために帰省して、今日で6日目。諸々の手続きをがむしゃらにこなし、ぽっかりと空白が生まれた1日である。暇を持て余し、家にいるのも億劫な気がして、智世は散歩に出ている。幼い頃から何度も通った道。見える景色は、ほとんどが記憶と一致する。いなくなった人も、増えた人も、確かにいるはずなのにも関わらず。

 この町が、智世はずっと疎ましかった。疎ましいから、逃げるように都会に出た。都会では呼吸ができた。機械と人間の気配に満ちた希薄な空気を肺に入れ、やっと自由になれたと思った。思ったのに。

――また、戻される。

 溜息とともにその感覚を吐き出す。

 智世はこの町を出てから変わった。この土地の人間はもう、名前を言わなければ彼女を彼女と認知しないだろう。それが時間の力であり、成長という現象だ。
 なのにそれを、引き戻そうとする、自分の血肉となった存在がある。彼女の過去を生き、過去にあったその存在は、圧倒的な力で彼女の時を巻き戻そうとする。

――智世!

 脳裏にこだまする声。

――智世!

 いくつもの声が、彼女を過去に呼ぶ。物理的に戻れはしないと理性で分かっているはずなのに、どうして呼ばれるのか、彼女は理解できない。なぜ戻りそうになるのかも理解できない。戻ることは不可能だ。戻る先は虚無以外あり得ない。

 また同窓会しよう、と昨日かけられた声を思い出す。同窓会、は現実的だ。同じ学級だったという事実がある。では家族は?血縁という事実があるが、家族は?土地は?

 頭が痛くなって、智世は川辺でしゃがみこむ。

 現実的な繋がりを欲している。そこにあると確かな、信じられるもの。

 疎ましい場所に心を押し殺して存在した十数年。その弊害だろうか。
 智世は、心で繋がるのが苦手だ。だから、身体とかそういう目に見える形だけで繋がっていたい。思いを届けようとするのも、思いを受け取ろうとするのもやめて欲しい。

 思いを届けようとする声は、聞きたくない。

――智世!

 明日智世の夫となる予定の人間の声が聞こえる。並べられた言葉。見せつけられる気遣いと呼ばれるもの。

 現実がなんなのか分からなくて、智世は目を閉じた。
 明日、彼女は都会へ帰る。疎んだ町に背を向けて、過去を持って、未来に向かう。


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思い浮かんだものを勢いのままばばばっと書きました。
自分で言うのも変ですが、わけがわからない。
 

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