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【ケンタッキー・フライドヒューマン】#パルプアドベントカレンダー2022

「チキンの配達ですー」
頼んでねえけどぉ?と、気だるげな返事がインターホンから返ってくる。
「303号室のスミダワラさんであってますよねー、お支払済みになってますけどー」
配達員はインターホンのカメラにチキンのバスケットをかざして見せる。
「あぁあ……?」
苛立ちと戸惑いの混じったため息。
4秒ほど無音になった後、ドア越しに威圧的な足音が近づいてくる。
サンダルを履く音。
感情を隠そうとしないタイプの息遣いをドアの向こうに感じる。
シリンダーがガシャリと回転する音。
鍵が開いた。
扉が動く。
その瞬間、配達員はドアノブを掴み、全力で引いた。

住人、スミダワラはバランスを失った。
ドアノブを掴んでいる手が、勢いよく開くドアに引っ張られたのだ。
つんのめった上半身が玄関の外に出てくる。
驚いた顔と上がったアゴが配達員のリーチに入る。
配達員の右の拳が鋭く飛ぶ。
人中、アゴ、首。
体重の乗った打撃が3発、正確に狙いを撃ち抜く。
スミダワラは状況を把握することもできないまま、意識を失った。
受身の態勢をとれず崩れ落ちる。
つめたいコンクリートにスウェット姿の若者が転がる。
割と整った顔立ち、営業職でもうまくやれただろう。
真っ当に生きていれば、こんなことにはならなかったのにな。
そう思いながら、配達員は右拳をさする。

チキン配達員の制服を着た男、カタマチはドアチェーンがかけられていなかったことに安堵した。
もっとも、これまでに男性の標的がドアチェーンをかけていたことは一度もない。
この国は治安が良い、みたいなネットの言説をよく目にする。
ああいうのを信じているのだろうか。
信じるのは勝手だが、鵜呑みにして殺されても誰も責任取ってはくれないぞ、とカタマチは足元の男を見下ろす。
こんな怪しいチキン配達員相手に、どいつもこいつも用心が足りなさすぎる。
おかげさまで、仕事が楽で助かるが。
カタマチは腕時計に視線をやりながら部屋に侵入する。
ドアベルを鳴らしてから1分足らず。
いいタイムだ。
記録更新ベストレコードを狙えるかもしれない。
カタマチの口角が上がる。

スミダワラの体を玄関の中に引き込み、鍵をかける。
左手にチキンのバスケットを抱きかかえたまま、右手でスミダワラの右足首を握り、引きずって運ぶ。
土足のままキッチンに入った。
カウンターの上、吸い殻の山ができた灰皿の横にチキンバスケットを置く。
チキンバスケットの中から細いロープを取り出す。
スミダワラの体をキッチンカウンターの椅子に縛り付ける。
腕は後ろに回して特にキツく縛る。
血流が止まるほど締め上げる必要がある。
標的の手の感覚を失わせなければならない。
もし手の感覚が残っていると大幅なタイムロスが発生する。
配達員がいつまで経っても出てこないと、マンションの管理人も不審に思うだろう。
それは避けたい。
これでもかと力を込めて結ぶ。
ロープが皮膚に食い込んでいく。

続いて調理台に向かう。
コンロは汚れ一つ無い。
あまり使われていないのだろう。
シンクにはマグカップとグラスが洗われないままにひしめいている。
吊り下げられた新品同然のフライパンをコンロに置く。
戸棚を開けると、シリアルの箱が3つ、ほとんど減っていないサラダ油のボトル。
油をフライパンの底から高さ4センチほどになるよう注ぐ。
早く熱するために強火にかける。

◆◆◆

スミダワラは目を覚ました。
顔面とアゴに激しい痛み。
鼻、折れてるか……?
顔に手をやろうとするが、動けない。
椅子にロープで縛り付けられている。
もがいてみるも、ビクともしない。
力が入りにくいように縛られている。
どうなっている?
状況を把握したい。
二度、三度、深呼吸をする。
落ち着いてきたところで、鼻血まみれの嗅覚に混ざり込む違和感。
妙に食欲をそそる匂いが漂っている……?
 
横目でキッチンを見ると、チキン配達員が背を向けて立っていた。
コンロに向かい、手を動かし――料理をしている。
最近はそういうサービスがあるのか?
客を縛り上げておいて、その間にチキンを調理する?
「んなわけねえだろ!」
怒鳴ってみるが、縛り上げられた体はほとんど動かない。
体を揺すると椅子がガタガタと音を立てる。
配達員は振り向かないまま、
「起きたか」と言った。
火を止め、フライパンで揚げていたものを皿に移している。
「ちょうど出来上がったところだ」
近づいてきた配達員の手には皿、その上にはフライド――!?
「嘘だろおい、それ! おい!」
皿の上のそれは、ヒトの手の形をしていた。
ここでスミダワラはようやく気づいた。
手の感覚がない。

◆◆◆

カタマチはなんでも屋めいた非合法な副業をしている。
チキン屋の制服はただの変装。
本業は若手の映像役者。
節約すれば食うには困らない程度の稼ぎがある。
最近はガラの悪い役ばかり割り振られる。
ブレイクのチャンスが欲しい、さっぱりした若者向けラブコメのような仕事はもらえないのかとマネージャーに頼んでみたこともあるが、任侠もののVシネマが増える一方だ。
もともと無愛想だといわれがちだった顔は、ストレスでたまに引きつるようになった。
繊細な演技もあまり得意ではない。
10代の頃の素行の悪さがにじみ出ているのだろうか。
ツテを辿り、あがいてみたが、フィルモグラフィには物騒なタイトルが並び続ける。
キックボクシングのジムに通い、アクションができることをアピールしても、鉄砲玉の役が増えただけ。
諦め半分で、半グレや暴力団員の下っ端役が定期的にもらえる現状を受け入れた。
そして、副業でその演技を活かし、高めようと考えた。
結果、生み出されたのが、この回りくどい拷問。

スミダワラの目の前に置かれた皿。
ヒトの手の形をした揚げ物。
実際のところは、形を整えただけの、ただの鶏肉。
手首を切り落として揚げるのは、道具が必要になる上に時間がかかりすぎる。
手の感覚だけ奪い、チキンを揚げるほうが手っ取り早いため、この回りくどい手法を採用した。
急がば回れ、だ。
カタマチはチキンを手に取り、口に運ぶ。
小指の先端、末節骨にあたる部分をかじる。
いかにも硬い、骨を噛み砕いているという演技。
眉根を寄せながらチキンを飲み込む。
「不味いな、指の骨が硬いし…」
カラリと揚がった国産鶏もも肉を味わいながらつぶやく。
カタマチが独自に配合したスパイスが鶏肉の旨味を引き出す。
役者の仕事がなくなったらフライドチキンの店をやろうか、などと余計な考えが浮かぶ。
小指部分の残りにかぶりつく。

スミダワラは驚愕の表情を見せる。
当然だろう。
チキン配達員が自分の手を、自分の家のキッチンで揚げて、自分の目の前で食っている、そう思い込んでいる。
スミダワラは嘔吐した。
「汚いぞ、食事中に」
カタマチは冷たく言い放つ。
吐瀉物の臭いが漂う。
揚げたてチキンが台無しだ。
指にあたる部分を食べ終えたカタマチは、チキンをゴミ箱に放り込んだ。
本題を済ませるか。
「スミダワラ、お前、女とヤッてるところを撮ってるよな?そのデータを使って女から金を強請っているだろう。データはどこにある? 喋れば脚は勘弁してやる」

スミダワラの表情が変わる。
目の前の男は食人サイコパスではなく、ビジネスでここにいると分かったのだ。
話が通じる、と判断したのだろう。
「どの女に頼まれた! 金をやる、500万やるから――」
スミダワラの必死な声での交渉。
カタマチは無視してキッチンに戻った。
コンロにあったフライパンを手に取る。
先程までチキンを揚げていた、加熱された油が残ったフライパン。
こぼさぬように慎重に運び、スミダワラのヒザに油を注ぐ。
スウェットパンツにサラダ油が染み込んでゆく。
足の皮膚が爛れ、ズル剥けになっていく。
熱さにいまにも絶叫しようとするスミダワラの口を掴んで黙らせる。
ドスを効かせた恫喝を耳元で叩き込む。
「さっさと喋らんとテメーの金玉切り取って揚げて食わすぞ、グズが! 俺が冗談を言ってるか試してみるか?」

あまりの問答無用ぶりと脚の激痛。
スミダワラの顔が歪む。
思考する余裕も許されない。
悶え叫ぶような返事が口から絞り出される。
「スマホの中にデータがある…!」
「他には?」
「寝室の机にカメラ…ノートPCとSSD!」
「それだけか?クラウドは?」
「ネットにはアップしてない…!」
この状況、嘘をつく余力はないだろうと判断し、インタビューを切り上げる。
各部屋をまわり、機器を回収。
途中、引き出しに札束を見つけたが、放置する。
キッチンに戻り、機器を叩き割り、電子レンジに放り込む。
スタートボタンを押す。
レンジの中で時折バチバチと音が鳴る。
カタマチはチキンバスケットを潰し、ゴミ箱に向かって投げた。
くしゃくしゃの紙製バスケットが軽い音をたててゴミ箱に収まる。
椅子に縛られて脂汗まみれの男に声をかける。
「また女を脅したら、俺がお前を揚げに来る」
どの女だ、とうめく男を無視し、カタマチは部屋を後にした。

今回カタマチが受けた依頼はよくあるものだった。
この手のものは7件目。
残念ながら、珍しくない強請りの手口。
スミダワラの場合は、疲れた顔のOLを狙っていた。
ナンパし、酔わせて判断力を鈍らせる。
まあまあ顔立ちの整った男の優しい声と話術。
まあいいか、と思わせる。
そうして一夜限りと楽しんだが最後、翌日、女のスマホには、笑顔を浮かべた自分の裸の映像が送られてくる。
隠し撮りされていたのだ。
脅迫・強要の罪にあてはまらない、巧妙なメッセージが添えられている。
罪にならないのだから、警察は動かない。
被害者に落ち度があると責められることも多い環境。
周囲に相談することもままならない。
そんなときに、被害者はなんでも屋の話を耳にする。
偽チキン配達員に依頼が回ってくる。

依頼人の女性に「完了」とメッセージを送信。
一度開くとメッセージが消滅するアプリを使った。
小走りでマンションの敷地を出て、配達用に偽装した原付に跨る。
ドアベルを押してからの経過時間、およそ15分。
最速記録。 
回数を重ねて手際がよくなっているのもあるが、演技力の上昇もスピードアップに寄与しているはずだ。
カタマチはこの副業に、本業以上のやりがいを感じつつあった。

縛られたままのスミダワラのことを思い浮かべる。
脚に重度の火傷、腕は血流がほとんど止まっている。
だれかが助けるか、悲惨な死を迎えるか。
人望がありそうには見えなかった。
発見されても部屋にある金だけ盗られて、放置されるのがオチだろう。
気の毒だが――訂正、カタマチは全く同情する気にならなかった。
「帰ってチキンでも食うかな」
カタマチは原付のアクセルグリップを回した。

【終わり】

◆◆◆

 下記イベントに参加しました。15日目担当です。ハッピーホリデーイブイブイブイブイブイブイブイブイブイブ。
 飛び入り参加も24日まで募集されています、衝動にかられた方は是非。

 前日、14日目担当のRTGさんにご紹介いただきました。ありがとうございます。
 クリスマスカラーと麻雀を結びつけたこの発想! パルプ! 面白いのでこちらもぜひ。

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 年末シーズンでも消えない創作意欲‼を感じさせる作品が並んでいます。

 【ご読了に感謝! 冷えるので風邪・病気にお気をつけて。】