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【スリルジャンキー探偵エセお嬢様】

「はあ……、依頼が来ねえーですわ!!」
昼過ぎのオフィス街の外れ、雑居ビルの2階。
シックな調度品が並ぶ探偵事務所で、アンヌはため息をついた。
リッチなお嬢様のような服装。
だが、椅子ではなくデスクに座っている。
見るからに行儀が悪い。

「この間の事件で膝の皿を撃たれたのに懲りないなあ。宝くじ当てたんだから、働かずにのんびり暮らしたら?」
そう言って、助手のジョシュアは優雅に紅茶をすする。
上品だが動きやすそうなベストを着こなした青年。
アンヌのマナーの悪さに眉根を少し寄せる。

「宝くじ当てたからのんびり暮らせ!? 分かってねえーですわ!」
アンヌは呆れ顔で返事をした。
「キャリーオーバーで100億の大アタリ! せっかく金があるんだから、ハチャメチャな人生を送ってやるんですわ!! つまり――」
アンヌはジョシュアに近づき、顔を寄せて続ける。
「世界の狂気が見てえんですわ!!!」
(何をいってるんだろうねこのヒトは)と、ジョシュアは肩をすくめる。

「……前から思ってたんだけど、その取って付けたような『ですわ』は何なの?」
ジョシュアの疑問にアンヌは胸を張って答える。
「わたくしは超リッチな女子!!!
すなわち!!!
お嬢様ですわ!!!」
「宝くじ成金のことをお嬢様とは言わないと思う」
「えっ? マジ?」
アンヌは驚愕の表情を浮かべた。
その時。

ノック・ノック。
探偵事務所の扉を叩く音。
「お、依頼ですわ!!!」
扉に勢いよく飛びつくアンヌ。
ドアノブを引くが、
「あれ、誰もいな――おわっ!?」

空中に、【右腕】が浮かんでいた。
肩から先だけの、パジャマを着た右腕。

探偵と助手の口はポカンと開いた。
びっくりしすぎて固まったまま動けない。
一方、右腕は歩くような速度で事務所の中に進み、部屋の中央で止まった。

右腕は器用に動き、パジャマの袖から紙を取り出した。
アンヌに向かって差し出してくる。
「なんだろうですわ」
衝撃から立ち直ったアンヌが受け取った紙には、
《俺の本体を探してほしい》
依頼の内容とともに、着手金の30万が挟まれていた。
「承りましたですわ!」

二人と一本の腕は応接用のテーブルについた。
「…お茶は入れたほうがいいですか?」
カイルが確認すると、右腕は手のひらを振る。
(Noってことかな)
「詳細を伺いますわ!」
右腕は筆談で事情を説明した。
右腕の持ち主、依頼人の名前はイライジャ。
依頼の内容は、イライジャ本体を探すこと。
彼は自宅で寝ていたところを昼前に拉致された。
そのとき、【右腕だけ分離する能力】を使ったという。
「本体の特徴は?」
アンヌの質問に、右腕はペンを走らせる。
《顔はキアヌ・リーブスに似ている》
「イライジャさんに恨みを持っているヒトは?」
《そんなに恨みを買うようなことはしていない》

依頼内容が判明したところで、二人で作戦タイム。
アンヌと助手は額を寄せる。
「ピンチになって右腕だけ切り離したのか…。トカゲのしっぽみたいだ。前回の【銃を撃てば必ず膝に当てる女】も変だったが、今回もかなり奇妙だ」
と、困惑顔のジョシュア。
「面白くなりそうですわ!
聞き込みに行きますわよ!!」
張り切るアンヌ。
「イライジャさんは事務所で待機していてください」
「右腕が浮いてたら怪しすぎますわ!」

二人は事務所を出て、現場周辺へ向かう。
依頼人、イライジャは昼前、自宅で睡眠中に拉致され、腕だけ分離。
誰がイライジャを誘拐したのか。
依頼人のアパートの周辺で聞き込みを行う。

ちょうど拉致のタイミングでベランダに出ていた住民がいた。
事件現場を目撃していたのだ。
関わりたくなくて通報しなかったという。
「拉致したのはギャング【デッドハート】の連中だ」
「なぜわかるんですの?」
「紫色の心臓のタトゥーをしていた。服のすそから見えた。間違いない」
(マシンガン好きで有名なデッドハートが関わっているのか…)
ジョシュアは顔を曇らせる。
(アンヌは危険に正面から突っ込む癖がある。まずいぞ…)

事務所に戻った二人。
ジョシュアは右腕に詰め寄った。
「ギャングのデッドハートがらみなんて聞いてません。先に教えてもらわないと困ります」
右腕は驚いたような動きでペンを手に取った。
《すまない、3年前にデッドハートの金を奪った。いまだに探されてるとは思わなかった》
ジョシュアは苦い表情で額に汗をにじませる。
通らないのは分かっているが……一応アンヌに提案した。
「危険だ。この依頼は降りよう」
「何を言ってるんですの、面白くなってきたのに」
「でも…」
「まどろっこしいですわ」
アンヌはジョシュアの右手を掴み、自分の胸に押し付けた。
「心臓バックバク! この緊張感!! 最高に『生きてる』って感じですわ!!」
「うおわあ!!」
ジョシュアは驚いて手をアンヌの胸から引き離した。
「『お嬢様』は!! こんな事!! しない!!」
「それもそうですわね…」
アンヌは少し反省の表情を見せる。
「でもまあ、ギャングについては心配いりませんわ、コレがありますの!!」
アンヌがデスクの引き出しを探り、取り出したのはゲームコントローラーのようなものだった。
ジョシュアは困惑の表情を浮かべる。
「何? また変なオモチャを買ったの?」
「見てのお楽しみですわ!! ギャングのいるところを早く調べてですわ!!!」

ジョシュアはノートPCを開き、情報屋に電話をかける。
アンヌはポシェットにゲームコントローラーを入れて肩にかけた。
準備万端という表情。
ジョシュアは電話を終え、立ち上がると、情報屋から得た手がかりを報告する。
「ギャング【デッドハート】が人を拉致して尋問しそうな場所は、港の倉庫だ」
「行きますわよ! 夕食前に事件解決ですわ!!」
二人と一本の腕は事務所を出てタクシーに乗り込んだ。

日暮れの港、ずらりと並ぶ倉庫。
その倉庫の一つのシャッターが上がっていた。
中にはガラの悪い男たちがひしめいている。
全員がストラップつきのマシンガン【Mac-10】を肩にかけていた。
紫色のどす黒い心臓のタトゥーをしているのが見える。
ギャング、デッドハートの一味だ。
そして倉庫の中心には、椅子に縛られたパジャマ姿の男が一人。
その男は――
「右腕がない! しかもキアヌ・リーブスに似てますわ!!」
「本当にそっくりだ…!」
物陰から倉庫を覗くアンヌ、ジョシュア、そして右腕。
マスクとヒゲ付きサングラスで正体を隠した探偵と助手は顔を見合わせた。
右腕の主張どおりだ。
依頼人、イライジャの本体に違いない。
右腕は、言っただろ、という感じで手のひらを広げて見せる。

アンヌはポシェットからゲームコントローラーを取り出した。
ボタンを押し、電源をを入れる。
「行きますわよ!!!」
「待って、アンヌ!!」
アンヌは物陰を出て、倉庫へ堂々直進する。
ジョシュアの制止も効かない。
アンヌには後先考えず、危険に直進する悪癖がある。
(前回はそのせいでヒザを撃たれたのに…!)
ジョシュアは焦りながらあとに続く。
右腕も浮遊しながら、おっかなびっくりついて来る。

「何だお前ら、ガキの来るところじゃねえぞ!!」
倉庫の手前に来たところで、ギャングの一人に制止された。
他のギャングもこちらに気づく。
マスクとヒゲ付きサングラスで顔を隠し、上品な服装のアンヌとジョシュア。
どう考えてもこの場所には不釣り合いだった。

「キアヌ・リーブスを返してもらいますわ!!!」
アンヌは声を張り上げた。
(キアヌじゃないよ、イライジャさんだよ)と、ジョシュアは心のなかでツッコむ。
「キアヌ・リーブスは俺らの金を盗んだんだ!! 渡すわけねえだろ!!」
(そっちもキアヌ・リーブスって呼ぶのかよ)と、ジョシュアは心のなかでツッコむ。
「偶然紛れ込んだわけじゃねえようだな、ガキども…」
ギャングたちは少しイラついた様子で、マシンガンをアンヌたちに向けて構える。
ジョシュアは冷や汗をかきながら、アンヌの顔を見た。
アンヌの顔は満面の笑みだった。
(スリルジャンキー探偵…)
ジョシュアはアンヌを心のなかでこう呼んでいた。

「キアヌを返さないと言うならこうですわ!!!」
アンヌは手に持っていたゲームコントローラーを操作した。
空から黒い影が飛来し、倉庫の中に侵入した。
倉庫の天井近く、空中で停止する。
浮遊しているそれは、
「軍用ドローンですわ!!」
アンヌは胸を張る。
同時にドローンが奇妙な音を発する。
「搭載されているのは音響兵器!!! この音を聞いたら三半規管がうまく働かずに、平衡感覚バランスを失い――」
言いながら、アンヌは地面に倒れ込んだ。
ギャングたち、キアヌもどき、ジョシュアも立っていられない。
地面に崩れ落ちる――――
「そして、船酔い状態になり、ゲロ吐くんですわうおえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
嘔吐するアンヌ、ギャングたち、依頼人の本体。
さながらマーライオンの群れ。
地獄絵図。
全員、立ち上がることもできず、吐瀉物の上を転がった。
ジョシュアは吐き気をこらえる。
ポケットからティッシュを取り出し、耳栓代わりに耳にねじ込んだ。
ドローンから発せられる音をシャットアウト、音響兵器を無効にして立ち上がる。
アンヌと、椅子に縛られたままの偽キアヌを引きずって、ふらつきながら倉庫を脱出する。
ギャングたちは追いすがろうとするが、バランスを取れずに顔から地面に突っ込み――再び嘔吐。
ゲロまみれのギャングたちが、倉庫の中に残された。

「マネーイズ…パワーですわ……」
青白い表情のアンヌが、決め台詞めいた言葉をボソッと呟いた。
ジョシュアはやれやれと首をふり、待たせておいたタクシーにアンヌとイライジャを押し込む。
「今に破産するか死ぬよ…こんなことしてたら…」
「望むところですわ…」
「お客さん、ゲロくせえから降りてくんない?」
タクシードライバーが鼻にシワを寄せながら割り込む。
「そこをなんとか」
ジョシュアはドライバーに大量のチップを渡して助手席に乗り込んだ。

かくして依頼は完遂。
依頼人、右腕とその本体はもとに戻った。
分離した右腕をはめ込むのには若干手間取ったが。
イライジャは報酬を払い、街から姿を消した。

日も沈んだオフィス街の外れ。
アンヌとジョシュアは事務所を出た。
「クリーニング屋に寄ってかないといけませんわ…」
探偵はごきげんよう、と言って、自転車で帰っていった。
助手はお疲れ様でした、と探偵の背中を見送る。
そのちょうど一分後、事務所前に黒塗りのリムジンが停車した。
ジョシュアの目の前で、後部座席のドアが開く。

「じいや、迎えありがとう。」
リムジンに乗り込みながら、ジョシュアは運転主に礼を言った。
「ジョシュアさま。本日はいかがでしたか」
運転席の老爺は穏やかな表情で、バックミラー越しに声をかける。
日が落ち、暗くなったオフィス街をリムジンの窓越しに眺めながら、ジョシュアは今日の出来事を振り返る。
ゲロにまみれたアンヌの顔。
ほほえみながら、ジョシュアは答えた。
「今日も『おもしれー女』って感じだったよ」

【終わり】