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泥あそび
目の前の彼女は泣きじゃくる、小さな子どものように。覚えたばかりの拙い言葉で懸命に伝えようとするが、ようやっと絞り出した単語の羅列は論理が立たないどころか、文章の形を取っていない。
微かだが明確な声で「助けて」と言った。そう聞こえた。いかにも不安そうな様子で、私に救いを求めているようだった。情けないことだが、何をどうやったら助けられるのかわからない。何をして欲しいのか、本人にも分からないようだった。
足元が不安定で、道も分からず、歩き方さえ知らない彼女は転げてばかりだが、いつか歩けるようになるだろうか?辺りを舞う美しい蝶々にも気付かないようだった。見えるはずがない、目に涙を溜めて、ぐらぐらと揺れる地面を見ているばかりだ。道標は他にない。蝶々は花の方へ、蜜を求めて飛び立ってしまった。
泣き疲れて座り込んでしまった彼女の背中にせめても手を添えようと、彼女のほうに足を踏み出す。
そばに立つと途端にあたりがずぶずぶと、沼のように柔らかくなる。あわてて外に出ようと足を踏み出した。抜けられなくなる。踏み出すごとに深くはまり、身動きがとれない。
彼女はビー玉を見つめていた。泥の中からガラスの玉を見つけたようだった。私のことはもう見えていないようだったが、泥だらけの手に持つそれを、何もかもを忘れたような目で夢中になって見入っていた。
私はその光景をただ見ていた。私だけが、見ていた。もう手も届かないような場所まで来ると、ぬかるみから抜け、しっかりと立てた。体も、大事な靴も泥だらけだった。
体の泥は乾いてきても、助けに戻る体力は残っていなかった。今も泥の中にいる、未成熟で不安定なその子が、手の中に光るビー玉を失いませんようにと願った。
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