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【傑物】フランスに最も愛された政治家シモーヌ・ヴェイユの、強制収容所から国連までの凄絶な歩み:映画『シモーヌ フランスに最も愛された政治家』

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「フランスに最も愛された政治家」であるシモーヌ・ヴェイユを描く映画『シモーヌ』から、その凄まじい生き様を知る

ナチスの強制収容所を生き延び、後にEUの欧州議会議長に選出された女性の生涯を描く映画

やはり世の中には凄い人がまだまだいるものだと思う。映画『シモーヌ』で取り上げられるシモーヌ・ヴェイユという女性政治家のことは、この映画を観るまで知らなかった。しかし、「現代史に名を刻む人物の1人」であることは間違いないと言えるだろう。

映画の公式HPに、「著名人・有名人 人気ランキング」が載っている。もちろん、フランス国内で行われたアンケートだろう。ランキングには、俳優、コメディアン、シンガーソングライターなどジャンルレスな人物が並ぶが、その中でシモーヌ・ヴェイユは2位に位置するのだ。もちろん、政治家では唯一のランクインであり、というか、文化人という枠で考えても唯一である。

まさに、映画の副題にある通り、「フランスに最も愛された政治家」だと言っていいだろう。そしてこの映画は、その凄まじい女性政治家の生涯を、”時系列をグチャグチャにして”描き出す作品である。後で詳しく触れるが、この点は少し、フランス人以外の観客にはハードルの高さを感じさせるポイントだと言えるかもしれない。

さて、映画の内容に触れる前にまず、彼女の功績についてざっと触れておこう。本作では、「強制収容所」の描写は最後に位置する。冒頭で描かれるのは、彼女がその成立に尽力した「中絶法」(フランスでは「ヴェイユ法」という通称で呼ばれている)についてだ。当時保健大臣だった彼女は、「中絶が違法とされている社会」に異議を唱え、あらゆる反対を押しのけて「中絶法」を成立させたのである。そしてその後、EUの主要機関の1つである欧州議会において、女性初の議長に選出された。

彼女は、子育てをしながらパリ政治学院を卒業し、その後家庭に入ったものの、子育てだけで終わりたくはないと、自らの意思で女性初の司法官に志願する。彼女は刑務所における受刑者の扱いの酷さを知り、誰からも求められていないにも拘らず、その待遇改善に尽力した。

彼女の活躍は、「女性である」という事実を抜きにしても凄まじいものである。さらにそれらは、「政治と司法への女性の参画は誤りだ」と面と向かって言われるような時代のことなのだから、なおさらだと言えるだろう。

映画は、そんな彼女が「晩年に回顧録を書いている」という設定で展開される。恐らく既に政界を引退したのだろう彼女が、家族と共に過ごしながら過去を振り返り回顧録をしたためるのだ。その執筆の過程を追体験するかのような構成の作品に仕上がっている。

さて、続いて内容を紹介しようと思うが、この記事では「映画で描かれた順番」ではなく、「シモーヌにとっての時系列順」に並べ替えて出来事を書いていくつもりだ。もしこれから映画を観る予定だという方は、時系列順の流れをざっとでも頭に入れておくと混乱しないで済むかもしれない。

(★小見出し)まずは内容紹介

幼いシモーヌは、4人の兄弟と両親と共にニースで暮らしていた。強制収容所に入れられる前のことだ。一家は「同化ユダヤ人」であり、特に両親はフランスへの愛国心を抱いていた。兄弟は皆、両親から「世俗主義を重んじるように」と言われており、「フランス共和国が私たちのことを見捨てるはずがない」と教え込まれていたのである。

しかし、そんな希望は儚くも打ち砕かれた。戦争が始まり、一家は無惨にも強制収容所に送られてしまったのだ。男女別に分けられたため、収容の時点で父と兄とは離れ離れになってしまう。また、収容所に送られた時点で、姉ドゥニーズの姿はなかった(映画の後半で、その理由がそれとなく示唆される)。シモーヌは、母イヴォンヌともう1人の姉ミルーの3人で、劣悪としか言いようがない収容所生活を経験することになる。

その後、なんとか生きて収容所を出ることが出来たシモーヌだったが、その時の記憶があまりにも強烈だったため、ベッドの上では寝られない身体になってしまっていた。そんなシモーヌは、昔から本を読むことが大好きだったこともあり、弁護士になることを目指しパリ政治学院に通うことに決める。そしてそこで、後に夫となるアントワーヌと出会ったのだ。彼の一家もユダヤ人であり(ただし、映画を観る限りにおいては、アントワーヌの一家は戦時中にそれほど苦労しなかったようだ)、招かれて彼の家で食事をしていたシモーヌは、両親の口癖だった「世俗主義」という言葉を耳にして思わず微笑む。

その後2人は結婚し、彼女は大学に通いながら子どもを育てることになる。なんとか卒業するも、子育てのこともあり、弁護士になるという夢は一旦諦めることにした。しかしその後、アントワーヌが人民共和派で働くことが決まる。これによって、政治の世界とは縁遠かったシモーヌも政治に関わるようになっていった。

その後保健大臣として、男性議員ばかりの議場で堂々たるスピーチを行い、見事「中絶法」を成立させる。その後も国内だけではなく世界にも目を向けながら、常に「弱き者」に寄り添うような活動を骨身を削りながら続けていくのだが……。

外国人が観るには、もしかしたら少しハードルが高いかもしれない

先程も書いた通り、上述の内容紹介は、実際に映画で描かれる順番とはまったく異なる。とにかく、時系列はあっちこっちに飛んでいくのだ。「メインとなる流れがあり、その中に回想シーンが挟まれる」みたいな構成というわけでもない。とにかく、「映画の展開を書いたトランプを無作為にシャッフルしたかのような構成」になっているのである。若い頃と晩年とで、シモーヌ・ヴェイユを演じる女優が変わるので、「いつの時代の話なのか」で混乱することはないものの、シモーヌ・ヴェイユという人物について詳しくない人にはなかなか追うのが難しい物語と言えるかもしれない。

もちろんここには、「フランス国内では、シモーヌ・ヴェイユはとても良く知られている」という事実が関係しているのだろう。日本で言うなら「小泉純一郎」みたいなものかもしれない。日本人向けに「小泉純一郎」を描く映画を作るなら、基本的な事実はそれなりに知られているだろうから、端折ったり時系列を入れ替えたりしてもさほど問題にはならないだろう。映画『シモーヌ』も、そういう発想で作られているのだと思う。そしてそういう作品であるが故に、フランス人以外の人が観る場合には、少し集中力を要するかもしれない。決して構成に文句があるわけではないし、フランス国内向けに作るのであれば当然こういう構成になってもおかしくないと理解できる。ただ、「外国人が観る場合は、少し気合を入れましょう」というわけだ。

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