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【無謀】映画『ビヨンド・ユートピア 脱北』は、脱北ルートに撮影隊が同行する衝撃のドキュメンタリー

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脱北の過程にカメラが密着する驚異のドキュメンタリー映画『ビヨンド・ユートピア 脱北』には圧倒させられてしまった

観る前から分かっていたことではあるが、本作『ビヨンド・ユートピア 脱北』はちょっと凄まじい作品だった。「北朝鮮から逃れようとする人々(脱北者)」の存在はもちろん知っていたが、その脱北の過程を映像でここまでつぶさに捉えたのは、恐らく世界初だろうと思う。少なくとも私は、こんな映像観たことがない。

しかも驚くべきは、映画の撮影隊が脱北の過程に同行してカメラを回していることだろう。通常であれば、脱北者自身や同行するブローカーにカメラを渡して撮ってもらうぐらいが関の山に思える。しかし本作では、全ての映像がそうというわけではなさそうだが、基本的には本作の撮影クルーが脱北者に同行し、自らカメラを回しているのだ。あまりにも危険すぎるだろう。

また冒頭で、「本作で使われる映像は、実際の脱北の道程で撮影されたものである」という内容の字幕が表記された。これはつまり、「再現映像は含まれていない」という意味である。そのすべてが「リアルの映像」であり、この撮影に関わった全員が、まさに危険と隣り合わせで挑んだと言っていいと思う。

この事実を知るだけでも、どれほど凄まじいドキュメンタリー映画なのかが伝わってくるのではないだろうか。

ちなみに、本作中で映し出されるのは、コロナのパンデミックによって世界中が国境を閉ざす直前までの状況である。後で詳しく触れるが、北朝鮮の国境を越えた者は、陸路でタイまで行かなければ安全を確保出来ない。そのためにはいくつもの国境を越える必要があるのだが、パンデミックによってこの陸路のルートが封じられてしまったのである。本作は、脱北を果たしたある家族の7ヶ月後の様子で終わるのだが、その時点では既に、脱北者の支援を断らざるを得ない状況になっていたようだ。映画公開時点で状況がどのように変化したのかは分からないが、いずれにせよ厳しい状況が続いていることに変わりはないだろう。

作中で映し出される2家族と、北朝鮮の現状について

本作『ビヨンド・ユートピア 脱北』は、脱北者支援を行う韓国人牧師キム・ソンウンの活動を追う作品なのだが、彼の紹介は後に回すことにしよう。まずは、本作で取り上げられる2家族に触れておこうと思う。

一方は、10年前に脱北を果たし、今は韓国に住んでいるソヨンという女性。彼女は、今も北朝鮮に残っている息子の脱北を牧師に依頼した。ソヨンは脱北以来10年間息子と会っておらず、そのため現在の風貌さえ分からない状態だ。そして本作では、17歳になった息子の脱北の日程が決まり、その後の進捗状況が電話で伝えられる様子が映し出されていく。

そして本作のメインとなるのが、もう一方の家族の話だ。こちらも、先に1人で脱北していたヒョクチャンという男性からの依頼である。

北朝鮮では少し前に、「過去3年以内に脱北者を出した家族は、全員『追放リスト』に入れられる」ことが決まった。もちろん、ヒョクチャンの家族もその対象である。では、追放されるとどうなるのか。追放が決まった者は、何も無い雪深い山へと連れて行かれ、何も持たない状態で放置される。「その状態でここに住め」ということなのだが、もちろん生きていられるはずもない。つまり追放とは、実質的に「死刑」を意味するのだ。

北朝鮮にいるヒョクチャンの家族5人(母親と妹一家)は、この決定を知り絶望した。そして、このまま北朝鮮にいたらマズいと焦り、脱北を決断したというのだ。5人は既に、北朝鮮と中国の国境である鴨緑江を渡っており、中国の山中で立ち往生しているという。そのような状態でヒョクチャンがキム牧師に助けを求めたというわけだ。

そして本作『ビヨンド・ユートピア脱北』においては、この家族の脱北の過程が中心的に映し出されるのである。両親と2人の娘、そして80代の祖母の5人は、50人以上のブローカーの協力を得て、4つの国境を違法に越える1万2000キロもの長大な旅に出ることになったのだ。

さらに本作では、そんな「リアルな脱北の映像」の合間に、「北朝鮮の現状を伝える映像」が挟み込まれていく。また、脱北後に『7つの名前を持つ少女』という本を出版し北朝鮮の悲惨さを世界に訴えるイ・ヒョンソを始めとする脱北者、あるいは元CIAや元北朝鮮駐在員などが登場し、北朝鮮の状況について様々に語る映像も挿入されるのだ。その中のある人物は、次のように語っていた。

北朝鮮の行いは、現代史の中でも類を見ないものだ。唯一近いのはナチスドイツだけである。

日本人からすれば、「北朝鮮の酷さ」など分かりきったことでしかない。しかしそれは、北朝鮮が日本の周辺国だからであり、世界にはその酷さが伝わっていないこともあるのだと思う。そういう部分を、様々な映像や証言によって補強しているということなのだろう。

そんなわけで本作を観れば、「北朝鮮の酷さ」を誰もが再認識できるのではないかと思う。

本作で映し出される脱北ルートと、キム牧師の情熱の源泉について

さてまずは、多くの人が抱くのではないかと思われる疑問を先に1つ潰しておくことにしよう。

本作では、北朝鮮から韓国への脱北が描かれる。しかし私は先程、「タイまで行かなければ安全が確保できない」と書いた。北朝鮮と韓国は陸続きなのだから、単純に考えれば、北朝鮮と韓国の国境を越えれば済むはずだ。なのに、どうしてタイまで行かなければならないのだろうか?

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